発売3カ月で早くも4万部を突破した『いま世界の哲学者が考えていること』。多くの哲学本が「過去の哲学者たちの考え」を解説しているのに対し、本作では「いまの哲学者が何を考えているか」を紹介し、ビジネスパーソンを中心に人気を集めている。日々、メディアを賑わす「人工知能」「遺伝子工学」「テロ」……それらの問題を、世界の哲学者はどう捉え、どう論じているのか。ビジネスパーソン最強の教養として今、最も注目を集める「哲学」の話題本を、著者と同じ哲学者であり『子どもの頃から哲学者』『「自由」はいかに可能か』などの著書を持つ苫野一徳氏は発売直後にツイッターで絶賛! 苫野氏から見た本書の見どころとは。
「こんな本が読みたかった!」
世界の哲学の最前線が、一枚の地図を広げたように見通せてしまう。
しかも、これだけ多岐にわたるテーマを扱いながらも、文章はどこまでも平易で親しみやすい。
哲学にまったく触れたことのない読者も、きっと最後まで楽しく読み進めることができるはずだ。少し哲学をかじったことがあるという人にとっては、最良最新の哲学入門書といえるだろう。
初学者にとってだけではない。哲学の専門家にとってもまた、本書は今後しばらくの間、ひとつの決定的な研究指針になるだろう。
何といっても、世界の文字通り最先端の哲学動向が、さまざまなテーマにわたって全方位的に取り上げられている。
お恥ずかしながら、私が聞いたことのなかった哲学者たちも何人もいて、きわめて要を得た仕方で紹介・解説されていた。「こんな本が読みたかった!」読み始めるやいなや、思わず心の中でそう叫んでしまった。
本書が取り扱うのは、「ポストモダン」以後の哲学の数々だ。
デリダやドゥルーズなど、フランスのいわゆるポスト構造主義のスター哲学者たち、あるいは英語圏の大物哲学者ローティなど、有名哲学者たちが亡くなった今、世界の哲学はいったいどうなっているのか? そんな疑問に、本書はとことん答えてくれている。
全部で6章。第1章では、世界の哲学の最新動向が、主として「メディア・技術論的転回」「実在論的転回」「自然主義的転回」の3つの流れとしてまとめられている。
第2章のテーマは「IT革命」。第3章は「バイオテクノロジー」、第4章は「資本主義」、第5章は「宗教」、第6章は「地球環境」。どれも、現代のわたしたちにとってきわめて切実な問題ばかりだ。
世界の哲学の最前線
第1章の内容を、ごく簡単に紹介してみよう。
先に述べた「メディア・技術論的転回」とは、20世紀の分析哲学などが主として「言語」に注目したのに対して、むしろそれを伝える物質的な媒体(メディア)――文字、映像、コンピュータなどの伝達技術――に注目した哲学の動向だ。
わたしたちは、物事をその「あるがまま」において見ることはできず、感官や文字、映像などのメディアを通して認識している。だから、これらのメディアが人間にどんな影響を与えるかを考える必要がある。
「メディア・技術論的転回」を担う哲学者たちはそう考える。ダニエル・ブーニュー、レジス・ドブレ、ベルナール・スティグレール、フリードリヒ・キトラーといった人たちが、本書では紹介されている。
「実在論的転回」を代表する思想家は、カンタン・メイヤスー、グレアム・ハーマン、イアン・ハミルトン・グラント、レイ・ブラシエら「思弁的実在論」運動の担い手たちや、彼らとは独立して「新実在論」と呼ばれる思想を展開しているマウリツィオ・フェラーリス、マルクス・ガブリエルなど。
近代から現代にかけての多くの哲学が、「存在」とは人間の意識や思考に相関的なものであると考えてきたのに対して、彼らは、意識や思考とは独立した「存在」をそれぞれの仕方でテーマにしている。
「自然主義的転回」は、神経科学や情報科学、人工知能研究などの認知科学の興隆に大きな影響を受けた哲学動向だ。
ポール・M・チャーチランドやアンディ・クラークらは、これまで哲学にとって神秘的なものだった「心」の正体を、こうした科学によって解明しようと試みている。あるいは、脳科学によって人間の道徳を説明しようとしているジョシュア・グリーンのような人もいる。
各章末に、ポイントをおさえた豊富なブックガイドが掲載されているのも本書の魅力のひとつだ。
本書の背景には、当然のことながら著者の膨大な情報収集と読書がある。英語、ドイツ語、フランス語、日本語の文献を丁寧に読み込み、その内容を的確につかんだ上で、とことん噛み砕いて紹介する。その目配りの広さと、それをこれだけ平易な文章にしてしまえる技術は、世界でも類を見ないものなのではないか。