タクシーに乗るという合理的な行動への罪悪感

柴山 ちなみに、松尾先生はいつごろから資産運用していらしたんですか。

松尾 収入支出はかなり昔からエクセルで管理していていました。だいたい収入支出の額を把握して、収入のレベルに比べて生活のレベルをあげないように質素を心がけるラチェット効果というのがよく知られてますが、収入と比較したときの生活レベルを押さえることはとても大事です。で、貯蓄が少しずつ貯まるわけですが、それもトレンドを見て、数ヵ月後や数年後の資産の推移を見通して、その予想ラインより下に行くと修正したり。貯蓄額の段階に応じて、そのときどきで株や投資信託を買ったりもしていましたね。
 思うに、一言に投資と言っても、「資産への投資」と、「資産ではない投資」というのがありますよね。たとえば、自分の必要な経験や信頼している人のために使うという投資的な行動以外、僕はあまりしたくないと思っているんです。「消費」そのものが、僕は嫌いなんですよ。たとえば、移動はタクシーを使うことも多いですが、なぜかと言うと、余計なことを考える手間を省きたいからなんです。「ガソリン入っていたかな」とか「駐車場、このあたりにあったかな」とかそういうことに頭を使うのが嫌ですから。合理的に考えると、都内では車を所有するよりタクシーを利用するほうがいいと思いますが、一番の問題は、タクシーに乗ることに対する「罪悪感」です。

柴山 私もまったく同感です。社会人になって以来、車とテレビ、それから家も持ったことがないです。自分の両親が私の教育費や住宅ローンで大変だったのを見てきたせいかもしれません。タクシーに乗ることの罪悪感をすごく感じたのは、私が公務員からマッキンゼーのコンサルタントになったときです。タクシーに乗るたびに、すごく悪いことをしている気分になるんですよ。どうしても、電車や徒歩で移動することを社会的な美徳ととらえる雰囲気があるじゃないですか。でも、クライアントから物凄く高いフィーを頂いているので、とにかく時間を一分でも節約しなければいけないから、タクシーに乗らずに移動するとすごく怒られるんです。たしかにクライアントが真に求めているのは、数百円のタクシー代を節約することより、足元の経営課題を解いて数百億円の成果を出すことなので、成果を出すことに集中すべきだというのはもっともです。そう考えるものの、正直、今でも慣れることができずにいます。

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松尾 どう考えてもタクシーに乗ったほうが合理的なんですよ。でも、毎日タクシーに乗ることに対して、悪いことをしているような感覚をもつことがよくない。「気にせずに乗るんだ」と一生懸命トレーニングすると、徐々に気にならなくなります。
 僕はかなり以前から、「所有」に対する価値は減退していき「所有」と「使用」は変わらなくなっていくと考えてきました。今はまだマーケティング上、家や車をもつとカッコいいとされて売り込まれますが、所有した時点で色々な制約が生じます。たとえば家を買ってしまうと、サンフランシスコで仕事をしたいと思った時の制約になりますよね。

柴山 そうですね。でも日本企業の場合は、家を買うと「サンフランシスコに行け」とか「地方に行け」という辞令が出るんですよ。ローンを抱えて辞められなくなるので(笑)。

松尾 (笑)。いずれにしても、本質的にやるべきこと以外に時間を取られて、仕事をした気になるほうが良くないと思います。移動に時間をかけたり、付加価値をうまない事務処理をやることで、仕事をやった気になる罠が日本にはすごく多い。だから、自分以外の人でもできる仕事はすべて他の人に振るようにして、1ヵ月に1週間ぐらいは何も入れない空白の時間をつくるようブロックするようにしています。秘書さんには非常に苦労をかけていますが。その時間に、本や論文を読んだりしてインプットしたり、思考を巡らせることこそ、僕が本来やるべきことだと思っているんですよね。投資的な行動以外は、気持ち悪くてできない、というのが本音です。映画なども、よほどAI関連で話題になっていないと観ません。

松尾研とウェルスナビは共同研究で何を目指すのか

柴山 最後に、松尾研究室とウェルスナビの共同研究についても、何をやっているのか少し触れさせていただいていいでしょうか。この共同研究では、中長期的に資産運用を含めた金融サービスが一人ひとりに自動で最適化され提供される時代に向け、基礎研究に一緒に取り組んでもらっています。よく勘違いされるのですが、今のウェルスナビのアルゴリズム自体は、昨今言われる「みずから学習して進化する」というAIの定義から言えば、AIではありません。いま松尾研究室と研究しているのも、「資産運用をAIでおこなう」ことではなく、富裕層向けのテーラーメイドの資産運用アドバイスをAIで提供することが目的です。

松尾 長期・積立・分散の資産運用サービスをあまねく人が利用できるように、というウェルスナビさんのサービスは社会的に価値が高いと僕は思っていますが、これをやってみようかなと決断するのも、やっぱりやめようかなと思うのも「人の心」ですから、それをどう紐解いていくのか把握していくことが重要だと考えています。人の行動というのは、さまざまなことが要因となって表出しますから。

柴山 人の心については、行動経済学で解明されている部分も相当あります。たとえば投資信託を買う時に、価格が上がったらもっと買いたくなり、下がると不安になって売ってしまう。これは冷静に考えると間違っていて、価格が安いときに買い増し、高いときに売ったほうが実入りは多くなるはずですが、統計的には逆の行動をとりやすいことがわかっています。『これからの投資の思考法』にも書きましたが、「人間の脳は投資に向いていない」ということだと思います。
 でも、原因はわかったけど、じゃあどうすれば解決できるのか、という部分は世界的にも未開拓です。プライベートバンクの富裕層向けサービスであれば人間が手厚くサポートできるアドバイスの部分などを、多くの方が利用できる形を考える世界的にも新しい取り組みではないかと思います。引き続きよろしくお願いします。
 もう時間が来てしまって残念です…もっといろいろ伺いたかった。是非また機会をみつけてお願いします。大変有意義なお話をありがとうございました。

松尾 こちらこそ、ありがとうございました!