日本における第三次AI(人工知能)ブームを牽引するひとりで、ベストセラー『人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの』の著者でもある松尾豊・東京大学特任准教授は、日本における個人や大学の資産運用に大きな危機感を頂いていると言います。背景にある「儲け」への背徳感は、どのように技術者や産業の競争力をそいでいるのか? 書籍『元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いた これからの投資の思考法』の刊行を記念して、著者でウェルスナビCEOの柴山和久さんと松尾先生の特別対談をお送りします。(撮影:野中麻実子)

柴山和久さん(以下、柴山) 松尾先生は、日本の資産運用の現状をどのようにご覧になっていますか。

松尾 豊(まつお・ゆたか)さん
プロフィル/東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 特任准教授
1997年東京大学工学部電子情報工学科卒業、2002年同大学院博士課程修了。博士(工学)。同年より産業技術総合研究所研究員、2005年10月よりスタンフォード大学客員研究員。2014年より、東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 グルーバル消費インテリジェンス寄付講座 共同代表・特任准教授も務める。2002年人工知能学会論文賞、2007年情報処理学会 長尾真記念特別賞受賞。2012年〜14年、人工知能学会編集委員長、2014〜18年、同倫理委員長。2017年より日本ディープラーニング協会理事長。専門は、人工知能、Webマイニング、ビッグデータ分析、ディープラーニング。著書に『人工知能は人間を超えるか』(角川書店)など。

松尾豊さん(以下、松尾) すごい危機感がありますね。海外の人々が普通に資産運用をしていて、きちんとポートフォリオを組むと、利回り年5%程度が出るという状況に対して、日本の場合は多くの人がそもそも資産運用をしていないし、どう考えても利益が出ないような設計の金融商品もたくさんある。どんどん先細るゲームを、日本人みんなでやっているようなものです。

 もちろん大学も例外ではなく、ハーバードやマサチューセッツ工科大学(MIT)が大学基金を運用してその運用益から運営資金を捻出しているのに、日本の大学はもらった寄付は全部使い切る方式で、こういった差が長期的に大きな差になっているのを感じます。経済が停滞しているうえ少子高齢化が進んでいるのだから、本来はもっと賢く生きていかなきゃいけない局面に、厳しい状態だと思ってます。

柴山 ハーバードやMIT、イェールなども、基金の運用によって、授業料を一切受け取らなくても50年ぐらいは活動していける財務状況注:2015年の基金の規模は3.8兆円、過去10年間の平均リターンは8.5%。同年のハーバード大学の予算は4500億円で、約35%にあたる1500億円が基金の取り崩しで賄われていると言われていますよね。中長期的なリターンを得るために、ポートフォリオを組んで資産運用をしている。こういう考え方は、おそらくイギリスの大学からきたもので、オックスフォードやケンブリッジが中世あたりからそういうモデルを採用していた先駆けなんですよね。生活のことは心配しなくていいから、サイエンスや哲学の研究に没頭してください、という考え方からでき上がった仕組みだと思います。

 日本も明治時代に、彼らをモデルにして大学を設立したはずですが、足元を見てみると短期的な予算を国から受け取って短期的な業績に追われる思考になってしまっていて、中長期的に科学なり哲学なりを考える環境になっていないのではないかと思えますね。

松尾 そうですね。今の大学運営では、短期的な業績の制約が大きいですからね。でも将棋や囲碁で、一見して良い手というのが実は数手先を読むと良くなかったりするのと同じで、やはり数手先を読んで一見良くない手でも打てる状態じゃないと、グローバルで負けてしまうという危機感があります。僕の感覚では、価値を作り出すところと、お金をもらうところとを、離せば離すほどいいんです。教育や基礎研究というのは社会で最も投資効果の高い行為のはずなのですが、そこで単純にお金をとるよりも、社会全体で生み出される価値を最大化し、結果的に社会から支えてもらう、あるいは寄付してもらうというモデルにしたほうが各々の活動全体を大きく伸ばせると思います。

柴山 教育と研究とを分けて考えたほうが、たしかにわかりやすいですね。

企業との共同研究費の単価が6倍になった秘策とは?

松尾 研究資金に関して言うと、研究室の方針として、僕は2011年ぐらいから国の研究費をもらうのをやめ、企業からの共同研究費や寄付で研究室を運営する方法を取りました。なぜかというと、日本の年功序列から抜け出せないためです。僕は2005~07年にスタンフォード大学に在籍して、産学が連携してイノベーションを生み出す現場を目の当たりにしたので、そういう素晴らしい仕組みを日本でも作りたいと思って帰ってきました。でも日本において、情報系分野の研究者で大きなお金を任されるようになるには、50~60代になるまで待たなければなりません。特に情報系の場合は若手のときにこそ新しいことを生み出しますから、若いときに活躍できないと意味がない。今から20年も何をして過ごせばいいんだ、と途方に暮れてしまって(笑)。

柴山和久(しばやま・かずひさ)さん
プロフィル/ウェルスナビ代表取締役CEO次世代の金融インフラを日本に築きたいという思いから、2015年に起業し現職。2016年、世界水準の資産運用を自動化した「ウェルスナビ」をリリースした。2000年より9年間、日英の財務省で、予算、税制、金融、国際交渉に従事。2010年より5年間、マッキンゼーにおいて主に日米の金融プロジェクトに従事し、ウォール街に本拠を置く資産規模10兆円の機関投資家を1年半サポートした。東京大学法学部、ハーバード・ロースクール、INSEAD卒業。ニューヨーク州弁護士。

柴山 たしかに、20年は長いですよね…。

松尾 それに、日本全体での財政や経済の状況、少子高齢化などを併せて考えれば、研究費が先細りになり、社会的に弱いほうから影響が出るのは明らかですから、国に支えてもらうのではなく、資本主義的な世界で勝負できるようにならなければと考えたのです。その転換はしんどいけれども、どこかでやらなくてはいけない。当時、年間4000万円ほど研究費をもらっていたのですが、その研究期間が切れるタイミングで、国の研究費に応募するのをやめました。

柴山 日本ではアカデミアだけでなく企業や官庁も含めて、まだまだ年功序列が根強いですよね。でも、相当思い切った決断ですね。

松尾 そうなんです。次の年は、某企業からの年間200万円の共同研究費だけ。しかも、その企業は非常に厳しく進捗を確認されましたから、国の研究費を4000万円もらっていたほうが余程ラクでした。ですが、これは乗り越えなきゃいけないハードルだと思って、どうやればもっと企業から支援してもらえるようになるのかを一生懸命考えました。

 マッキンゼーみたいな一流のコンサルティングファームなら、3ヵ月のプロジェクトで1億円ぐらいの金額をチャージをするのに対し、当時の僕の研究室は、研究室を挙げて頑張って年間200万円。この差はいったい何なんだろうと思いますよね。でも、試行錯誤を続け考えるうちに、徐々に分かってきました。研究室は相手の課題を解いていないのです。結局は自分たちを持っている技術を活かそうとしますから、もともとの発想が「自分たちの技術はすごい!」というところからスタートします。相手の企業は何らかの課題や目的があるわけですが、そこにきちんと当たってないことがほとんどで、「すごいでしょう!」といくら言っても、微妙な顔をされてお付き合い代で200万円もらって終わりということなのです。

 だから、課題の設定をきちんとすることが最も大事。そして、自分たちが研究する最先端の技術が使えればラッキーですが、そうでなくても自分たちの専門領域をもっと広く取って、自分たちがカバーする技術で相手の問題をきちんと解いてあげればいいのです。研究者がひとりよがりにならないこと、そして、相手の抱える課題を真摯に理解し、一緒に解くこと。最初は、コンサルティングファームの方に入ってもらったのですが、ちゃんと課題設定をするだけで単価が数倍になり、そして、ちゃんと企業にもありがたいと思ってもらえるようになってきました。

柴山 如実に成果が出たわけですね。

松尾 あとは、こちらも何としても相手先の企業の役に立ちたいので、その企業の事業構造や産業全体の課題を勉強するようになりました。どこを解決できると売上が伸びるのか。利益率を低くしている要因は何なのか。固定費と変動費の構造はどうなのか。競合はどこなのか。現場はどういうことをやっており、何がボトルネックになっているのか。企業の向かうべき方向はどちらで、また、担当者は企業内でどういうミッションを負っているのか。そして、自分たちの技術がどこにどういう形で入れば、企業がよい方向に向かうのか。こうしたことをしっかり考え、頭に入れた上で共同研究をやると、相手にとってもしっかりとメリットになります。

 そして、できることなら共同研究を継続してもらう、あるいは、研究活動に賛同してもらって寄付をしてもらう。こうしたことを繰り返していくうちに、徐々に産業界から信頼されるようになります。また、共同研究に関わる学生やスタッフにも、そういう意識をもって勉強してもらい、研究室全体として、AIの技術と事業構造についての知見を深めていきます。

 そういう工夫を何年もかけてやってきて、今は国から研究費をもらっていた当時の何倍もの額で研究室を安定的に運営できるようになってきました。この先もいろいろな改善を続けていかなければなりませんが、そういう意味では、ある種のベンチャー研究室みたいな心持ちです。