『転職の思考法』著者の北野唯我さんと、『組織開発の探究』(中原淳・中村和彦 著/ダイヤモンド社)の著者で、立教大学経営学部教授の中原淳さん。同時期に「組織から脱出する本」と「組織からの脱出を防ぐ!?本(≒組織にまとまりをつくる本)」を出版した二人が、今、日本企業が直面している課題からら、これからのキャリアの築き方やマネジメントのあり方、人事と経営陣のあるべき関係性まで語り尽くしました。全3回に分けてお届けします。
中編のテーマは、「株式会社 日本」が直面している深刻な危機について。「危機」を回避する鍵を握るのは人事部門のようですが、そこにも様々な課題が…。
(構成:井上佐保子、撮影:森カズシゲ)

今、なぜ再び組織開発が
求められているのか?

北野唯我(以下、北野):ご著書の「組織開発の探究」(ダイヤモンド社)を読ませていただき、「転職の思考法」とある意味、対になる本なのではないかと感じました。「転職の思考法」を書いた時、経営者の方々から「こんな本を書かれては困る。社員が辞めてしまうじゃないか!」などと、視座の低い(笑)お言葉もいただいたのですが、むしろ社員が転職しないような会社を作るのが経営者の役割ですよね。その意味で重要になってくるのが「組織開発」だと思います。そこでお聞きしたいのですが、中原さんが「組織開発の探究」を書こうと思われた課題意識とはどのようなものでしょうか?

北野唯我(きたの・ゆいが)北野唯我(きたの・ゆいが)
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、最高戦略責任者。レントヘッド代表取締役。TV番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。著書にベストセラーとなったデビュー作、『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』(ダイヤモンド社)他、1月17日刊行の最新刊『天才を殺す凡人』(日経新聞出版社)。

中原淳(以下、中原):今、日本企業が直面している課題は、「組織に対する遠心力が高まっている」ところにあります。人材の流動化が進んで出入りが激しくなり、人材も働き方も多様になってきているため、バラバラになって離れていく力、「遠心力」が強まっています。その分、経営者や人事が積極的に「求心力」を強めていかなければ、組織はもちません。求心力を強めるために、今必要なのが「組織開発」です。

北野:「求心力」と「遠心力」。おもしろいです。

中原:実は組織開発は70年代、80年代に一度アメリカから伝わり、ブームになったのですが、その後すっかり廃れてしまいました。というのも、高度経済成長でイケイケドンドンだった日本企業では、男性正社員同士、居酒屋で「飲みにケーション」すれば一致団結できたわけで、組織開発の必要がなかったのです。

北野:しかし、時代は変わった。人材も働き方も多様になり、それができなくなった今こそ組織開発が必要、というわけですね。ただ、経営者の中には、すぐに数字に結びつくものではないためか、なかなか組織開発に対して腰を上げないといったところがあるように思います。中原さんは組織開発を進める上でのボトルネックはどこにあるとお考えですか?

中原:組織開発というものを、単なる「人事課題」ではなく「経営課題」であると認識できるかどうかです。ただ、それがわかっている経営者は多くない。だから、人事が「どれほど優れた事業プランを持っていても、社員が動いてくれなければ成果に結びつけることはできません。だから組織開発は人事の問題ではなく、経営の問題ですよ」と、経営者に分かる言葉で必要性を説かないといけません。

中原淳(なかはら・じゅん)中原淳(なかはら・じゅん)
立教大学 経営学部 教授(人材開発・組織開発)
立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所 副所長などを兼任。博士(人間科学)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等をへて、2018年より現職。著書に、『組織開発の探求』(共著者中村和彦、ダイヤモンド社)『残業学』(光文社新書)、『研修開発入門』『駆け出しマネジャーの成長戦略』『アルバイトパート採用育成入門』、『職場学習論』(東京大学出版会)、『経営学習論』(東京大学出版会)など。他共編著多数。

北野:なるほど。先日、サイボウズの青野社長と対談をさせていただいた時に、興味深いお話をお聞きしました。サイボウズは今でこそ働きやすい企業として有名ですが、以前は、エンジニアが次々辞め、離職率25%のブラック企業だったそうなのです。そうした状況に青野社長が危機感を感じ、変革を行って、現在のようなホワイト企業になったということです。一方、いわゆる昭和型の人事制度を引きずったままの大企業にはそこまでの危機感もなく、ジョン・P・コッターの「組織変革の8つのプロセス」の通りに変革を起こしていくには、相当ハードルが高そうに見えます。

中原:コッターの変革モデルでは「危機感を醸成する」ことが変革の第一ステップになっています。つまり、変革を起こさざるをえないほどの「よっぽどの危機感」が必要なんですが、今の日本企業は、「危機」「危機」と言われすぎて「危機慣れ」してしまっているんじゃないですか。「失われた30年」みたいな言い方もありますが、ずっと「危機」に中で過ごしてきてしまっているため、もはや「危機」は人を動かすドライブにならないのではないか、と。今、希望や未来を描いて現実を変えていこうとする「ポジティブアプローチ」による組織開発が流行っているのには、そんな理由もあるのではないかと思います。慣れっこになっている「危機」を目にするよりも、「希望」や「未来」を描く方が、人がワクワクして動くようになるということなのでしょう。

株式会社 日本は
どこがどう「ヤバイ」のか?

北野:ポジティブアプローチの背景には「危機慣れ」があると。おっしゃる通り、日本はずっと「危機だ」「危機だ」と言われ続けている気がしますが、果たして「株式会社 日本」は本当に「ヤバイ」のでしょうか?「ヤバイ」としたらどう「ヤバイ」のでしょうか?

中原:僕は、日本企業はしなやかさと強さをもっていると信じています。なので、人がSNSで危機を煽るほど「ヤバイ」とは思っていません。ですが、人と組織を専門としている私の観点から「ヤバイ」と感じる問題は、やはり「人手不足」と「人材不足」です。「人手不足」はいわゆる手足を動かして働いてくれる人材が不足しているという問題であり、「人材不足」というのは、新しい事業をつくるような人材が不足しているという問題です。とはいえ、持っているテクノロジーやサービス力には高いものがあると思うので、なんとかそれを維持しつつ、そこで働く人や組織の状況を改善することで乗り切っていく方法を探っていけないかと考えています。

北野:「株式会社 日本」をどうしていけばいいのか。僕自身はミクロとマクロの視点が大切だと思っていて、ミクロの視点では、働く個人に「転職の思考法」という武器を渡しつつ、マクロの視点では、経営者に人事は経営課題であるということを分かってもらう必要があると感じています。ただ、どうも伝え方が難しくて…。どうしたら経営者にHRは経営課題であると認識してもらえるのでしょうか?

中原:企業の経営層向けの研修を行うこともしばしばあるのですが、その際に気をつけているのは「人事課題をそのままお伝えしないこと」です。「人を育ててください」とか「ダイバーシティを高めましょう!」とか、人事の課題をそのままお願いはしません。むしろ、経営の言葉で、数字とロジックで語りましょう、と人事の方々と相談をします。たとえば「離職率は何パーセントで、この数字は、経営にとって、今後、なにを意味するのか」など「数字とロジック」を持って「経営者たちがわかる言葉」で具体的に語ることです。人事用語を使って話しても経営者にはまったく理解してもらえません。人事の方からの相談に乗るときは、解決したい課題をお聞きし、まずは具体的なデータ、情報を集め、経営者に分かる言葉で説得できるロジックをつくっていくようにします。それぞれの企業によって、課題意識も状況も異なるので、手間もかかるし、時間もかかるプロセスです。そう簡単にはいきません。

北野:「株式会社 日本」の人事部門が次に取り組むべき課題とは、ずばりなんでしょうか。

中原:データや理論の裏付けをもって経営層と対等に話ができるHR部門の育成です。日本では、外部に人事組織系ベンダーも発達していますが、そこでの「R&D」を徹底的に進めていくことも課題だと僕は思っています。
前者は、近年、徐々に増えてきた印象があります。研修をご依頼いただくとき、研究室を訪れる方も、数字についてはしっかりとお持ちいただけるケースが増えてきました。後者に関して言えば、グローバルではR&D(Research and Development)機能のない人事組織系ベンダーはありえません。新しい経営課題に対して、なにか新しい研修をつくろう、教材をつくろうという場合には、しっかりとデータ収集をし、理論的な裏付けをする。そうした人事組織関連のR&Dができる人材が必要です。
このふたつは、いわば専門職のようになっていくと思います。こうした人材が、転職によって多くの企業に広がっていき、日本の人事力を上げていかなければ、「株式会社 日本」はもたないと思います。データと理論に基づく強いHR人材をつくっていく教育環境づくりに、僕の「残りの人生」をかけていきたいと思っています。

北野:今、人事系のベンダーやコンサルタントは数多くあります。人事はどのような観点でベンダーを見極めるべきでしょうか?

中原:どのベンダーがいいか、というよりは、自社に一番フィットするベンダーはどれか、という視点を持つことが大事なのではないでしょうか。多くの場合、自社の分析がしっかりできていないまま、「今、〇〇が流行ってるみたいだから、やってみよう」などといった理由で導入したりしています。実際、「どうしてこの研修をやることにしたんですか?」と尋ねたら、「競合他社が同じものをやっているので」といった答えが返ってくるという笑えない話もよくあります。競合他社の真似をしたら、競争優位性を持つことができないはずですが、なぜか人事の場合、競争戦略とは逆の考え方が取られることが多いのです。

北野:僕は実務家の方々と日々お話しするのですが、その中で思うのは「人事というのは実はアウトソースしにくいものなのではないか」ということです。もちろん、オペレーション的な人事の仕事はアウトソースできるかと思います。ですが、経営でも一番重要な事業転換などの際には、どれほど優秀だったとしても外部の人事コンサルタントに人事戦略を依頼する、ということは考えにくいですよね。「新規事業を誰に任せるか」といった部分は、経営者と長年築いた信頼関係、エンゲージメントの蓄積のようなものが必要です。だから、本質的に人事とはその企業が内包するべき機能なのではないかと。

中原:その通りだと思います。給与計算や採用広報など、オペレーショナルなものは外に出せますが、その組織の根幹に関わるようなディープなナレッジや組織の中の人脈といったものに基づく機能は外に出しにくいものです。また、次の執行役員層を育てるリーダー育成や後継者を育てるサクセッション、組織風土を変革していく組織開発なども外注しにくいものの一つです。

北野:リーダーシップ開発もやはり企業内で行うべきなんですか?

中原:基本的には、事業戦略に沿って、それを担うリーダー人材をどうやって育てるか、というところを、企画し実行する機能は各社でもっているべきだと私は思います。「経営者の仕事の3分の1は次の経営者を育てることだ」とはジャック・ウェルチの言葉ですが、リーダー育成、後継者育成は経営としての大切な仕事です。ある大手企業の人事の方は「幹部候補、後継者候補のプールをつくっていくことまではやっているが、そうした人材に経験を積んでもらうため異動させようとすると、現場とのコンフリクトが起きてしまうのが課題」とおっしゃっていました。そうしたコンフリクトが起きた時に、強権を使って異動させることができるのは、経営者しかいません。そう考えると、やはりリーダー人材の育成は経営層が担うべき役割なのだと思います。
(続く)