人間っぽいロボットだと処刑を免れるのに、それ以外のロボットは壊しても大丈夫という観衆の反応はいかにも人間のエゴに映りますが、ロボットが人間並みの認識能力を兼ね備えた場合、「人間はどこまでロボットの個性にどこまで配慮するか」というややこしい問題に直面する日はそう遠くないかもしれません。

遺伝子技術と
社会保障

 米国のオバマ前大統領は在任中の2015年1月、「Precision Medicine」という考え方を提唱しました。これは遺伝子情報や生活環境、ライフスタイルに関する個人差を考慮しつつ、疾病予防や治療を図る新しい医療の考え方です。

 しかし、全ての技術には明るい面と暗い面があります。遺伝子技術についても、能力に長けた「超人間」を作ろうとする危険性があります。この点を描写した映画としては、1998年に日本で公開された米国映画の『ガタカ』があります。

 映画の舞台は近未来。出生前から遺伝子操作を受けるのが当然視されている世の中なのですが、遺伝子操作を受けずに生まれた子どもと、操作された子どもの対比が描写されています。

 具体的には、長男の主人公ヴィンセント・アントン・フリーマン(イーサン・ホーク)は遺伝子操作を受けずに生まれたところ、出生した数秒後に行った血液検査を通じて、「神経性疾患の発生率60%」「そううつ病の発生率42%」「注意力欠如の可能性89%」「心臓疾患の発生率99%」「推定寿命は30.2歳」という結果が判明する設定になっています。

 しかし、学校での受け入れを拒否されるなど、病弱なヴィンセントの子育てに苦労したため、両親は二男に遺伝子操作を実施することを決めます。その際、医師は受精卵で遺伝子性疾患の可能性を排除したこと、組成した 男女2種類の受精卵を選べること、髪や目の色を自由に設定できることを説明します。さらに、医師は若はげや近眼、アルコールその他依存症の可能性、暴力性、肥満などの要因を排除したことを明らかにした上で、「1000人に1人の傑作」だと胸を張っています。

 もちろん、こうした描写は現時点でフィクションですが、胎児の染色体異常などを調べる出生前診断の実施件数が急増している実態を考えると、『ガタカ』の描写に近い状況は生まれつつあるのかもしれません。

 さらに、遺伝子技術が発達すると、人が人を作り出す世の中さえ来るかもしれません。例えば、1997年製作の『北京原人 who are you?』という日本映画の歴史に残る迷作(!?)では、戦争中に行方不明となった北京原人の骨を回収、収集されたDNAを基に、日本の民間研究所が北京原人を復元する設定になっており、プロジェクトを仕切る責任者(丹波哲郎)が「いよいよ人間が神になる。神になるぞ!」と叫ぶシーンがあります。