この問題を理解するためには、アイルランド問題の過去と現状を簡単におさらいしておく必要がある。1998年、北アイルランドの2大政治勢力(カトリック系/プロテスタント系)がベルファスト合意に署名し、血塗られた歴史に終止符を打った。ベルファスト合意の下では北アイルランドの地位変更に関わる動きは住民の合意が必要となり、また住民は英国、アイルランドもしくは双方の国籍を取得できるとされる。

 「英国もアイルランドもEU加盟国である」という事実がこの合意を確かなものにしたことは想像に難くない。加盟国同士ならばもとより関税同盟・単一市場の仲間であるため、通関手続きは不要だ。

 人の往来も同様だ。互いにEU加盟国であるからこそ、アイルランドと北アイルランドの国境は「あってないようなもの」であったし(地図上にしか存在しない、という言い方もされる)、ベルファスト合意の実効力も補強されたのである。

 だが、英国がEUを離脱すれば北アイルランドも離脱する。離脱すれば、通関手続きは復活する。例えば税関が設置される。それは物理的障壁(いわゆるハードボーダー)に他ならない。これがベルファスト合意の危機だと懸念されている。

 ハードボーダー復活は英国もEUも避けたいという点で共通している。そこで現行のバックストップ案(右表)では、移行期間終了となる2021年末時点で、ハードボーダー回避の妙案で合意していない場合、英国全体がEUの関税同盟に残ることで現状維持を図るという建て付けになっている。

 なお、関税同盟に残るので英国は当然、EU規制を受けることになる。また、その際、北アイルランドは関税同盟だけではなく単一市場にも残ることになる。これは「関税同盟だけではハードボーダー回避にならず、北アイルランドを単一市場に組み込み、一定の物品規則の調和を図ることで初めて回避できる」というEUの主張が反映されている。

 ところで、こうしたバックストップ案は「移行期間終了時にそうなる」という話であるため、「移行期間を延長する」ならば発動はしない。EUもこの選択肢は否定していない。