忙しく働くお母さん、お父さんは、「休日くらい泥のように眠りたい……」と思いますよね。

でも、小さな子どもに「遊びに行こうよ!」とせがまれて、しぶしぶ重い体を起こして、着替えて……。

そんなとき、ぜひ思い出してほしいエピソードを紹介します。

共働きで4人の子を育てる医師・臨床心理士で、20年間、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けてきた田中茂樹氏の新刊、親も子もラクになれる心理学に基づいた「言葉がけ」の育児書『子どもが幸せになることば』から、ある夏の出来事を特別公開します。(構成:編集部/今野良介)

「ちょっと待ってって言っ……」

夏。子どもを連れてプールに行くのは大変です。タオルや水着、ラッシュガードやゴーグル。着替えや水筒もいります。しっかり確認して出かけても、今度は自分の水着がなかったりします。

また、子どもの水着や道具は、サイズがすぐに合わなくなります。なので、私のようにそそっかしい親にとっては、プールは本当に緊張するお出かけです。

あるとき、子どもを連れて、レジャープールに行ったときのことです。

混み合ったプールの更衣室で、若いお父さんが、小さな男の子2人を連れてきていました。そのお父さんは、自分の着替えもそこそこに、まず下の子(2歳半くらい)を、水着に着替えさせました。

その子に「ちょっと待っててね」と言い聞かせて。

次に上の子(5歳くらい)の着替えの手伝いにかかりましたが、水着が小さいのか、気に入らないほうの水着だったのか、上の子は、一度着ていたラッシュガードを脱いでしまいました。

お父さんはちょっとイライラして叱りながら、また着せようとしますが、子どもは嫌がるし、裏返ったラッシュガードがねじれて、うまく元に戻らなかったりして、だいぶ手こずっているようでした。上の子は、もう泣き出しそうでした。

そうこうしているうちに、子どものバッグから着替えのシャツがこぼれて、床に落ちて少し濡れてしまいました。お父さんの舌打ちが聞こえました。

遊びに来ているときは、大人も気持ちが浮かれるので、少し子どもに返りやすいのだと思います。いわゆる「退行」「子ども返り」と言われるものです。

気分の動きも大きくなりがちで、はしゃいだり笑ったりもしますが、怒りっぽくなったりするものです。子どもも当然、いつもより声が大きくなり、ワクワクして待ちきれないし、わがままになったりします。

さて、この場面で、助け船を出すほどでもないようだったので、私は少し離れたところから見ていました。

先に着替えさせてもらった下の子は、更衣室からプールにつながる出口のほうに少し近づいて、立っていました。そこで、プールのほうから聞こえてくる音や人の声を聞いているようでした。

やがて、その子が、とりこんでいる父と兄のところにやってきました。そしてお父さんの後ろから、「パパ!」と声をかけました。

お父さんは、上の子の水着のパンツの紐がどうも中に入ってしまったようで、直すのにかなり苦戦していました。下の子がお父さんに「早く、早く」などと言うのではないかと、私はヒヤヒヤし始めました。

お父さんは、下の子のほうをちょっとこわい顔で振り返りました。「まっ」と言いかけたのは、たぶん「待ってって言ってるでしょ!」などと叱るつもりだったのだと思います。

でも、一瞬早く、下の子が大きな声で言ったのです。

 

「パパ! たのちみだねぇ! プール! たのちみだねぇ!」

 

これ以上ないというような笑顔でした。そして、かわいい、かわいい声でした。本当に楽しみで仕方がないという気持ちがそのまま表現されていて、父親の怒りも、叱られてすねていた兄の泣き顔も、つられて一瞬で笑顔になりました。

私を含めて更衣室にいた大勢の人が、みんな「たのちみだねぇ!」の効果で、笑顔になりました。こうしていま、あの場面を思い出して書きながらも、あの声と笑顔の記憶が蘇ってきて、幸せに心が満たされます。

子どもの感情の動きは、素直で、大人よりも振れが大きいですよね。その表現の仕方も、無邪気で、無警戒です。

私も幼いころには、あれほどにうれしいことが、よくあったような気がしました。ああやって「たのちみだねぇ!」と、声に出したような気がしました。そんな気持ちが、いまでも心の深いところに生きて残っているように思います。

子どもと一緒に出かけると、イライラさせられることは多いです。移動も簡単ではないですし、荷物も多いし、子どもは言うことを聞きません。

それでも、無邪気で無防備な子どもの心に「たのちみだねぇ!」という体験をしてもらうため、子どもに笑ってもらうために、私たちは、疲れても、しんどくても出かけていくのです。

その一番の目的を、見失わないようにしたいですね。

 

よい休日を。