他方、「戦略」の領域では、より内的な動機が支配している。

戦略や論理思考は、競合からシェアを奪い、市場で勝利することをモチベーションにしている。つまり、ここで思考をドライブさせているのは、「勝ちたい」「儲けたい」というシンプルな願望なのだ。

これに対して、「ビジョン思考」において個人をつき動かしている欲求は、より雑多である。

その対象は必ずしも社会的・経済的な成功だけではない。人を感動させる音楽をつくり続けるアーティストも、「2035年までに人類を火星に移住させる」と豪語するイーロン・マスクも、金銭や社会的承認への渇望にとどまらない、より根源的な願望を駆動力にしているのではないか。

これで「ビジョン思考」を取り囲む「輪郭」は、おわかりいただけたはずだ。

次の図は、これらの4つの思考を1枚の「地図」に落とし込んだものだ。PDCAが支配する「カイゼンの農地」、ロジックやデータに基づく「戦略の荒野」、共創による問題解決を行う「デザインの平原」、そして、内発的な「妄想」からスタートするビジョン思考の世界=「人生芸術の山脈」である。

ふだんの思考を振り返ってみたとき、みなさんはこの「地図」のどこにいるだろうか? 「自分の現在地」が見えてきただろうか?

ここで気になってくるのが、「人生芸術の山脈」に住んでいる人たちが、ふだんどのようなプロセスを通じて思考しているのかということだ。

ご覧のとおり、この「大地」は山々に囲まれており、なかなか全貌が見えない。

おまけに、「デザインの平原」とのあいだには「有用性の激流」という川が流れている。つまり、「役に立つかどうか」という視点が邪魔して、この山脈に踏み入れないのである。

デザインというアプローチが創造性を発揮しうるのは、クライアントの存在があるからだ。「他者から課される制約」をエンジンにしているがゆえに、いつのまにか「自分のため」という視点が抜け落ちることがある。

また、「戦略の荒野」とのあいだにも、「独自性の谷」という大きな裂け目が口を開けている。シェアの獲得という共通のゲームが争われる「荒野」と、個々人それぞれのビジョンが追求される「山脈」とのあいだには、どうしても超えられないギャップが存在するわけだ。