松井の人格を磨いた
八白として「〇〇」の心

 松井氏のエピソードを思い返すと、プロでの出来事よりも、高校時代、甲子園での5打席連続敬遠を思い出す方もいるのではないでしょうか?

 当時は、この出来事は賛否両論を生み、高野連まで対応に追われるほどでした。

 松井氏は「ワタシの一行」(新潮文庫の100冊の冊子)で、この試合を振り返り、

「勝負に負けたのは悔しかったですが、3年間で一番、思い出に残る試合でした。
 あの試合が、思い出に残る試合でした。あの試合が、その後の野球人生のエネルギーになったのは間違いありません。高校時代、あれ以上の出来事はなかった。お互いに精一杯やった結果。5連続敬遠に感謝したくらいです」
 と述べています。

 私が、いまなぜ、この引用を用いたのかと言いますと、実はここにも「山の八白」としての大切な気質が見え隠れしているからです。

 八白の人は、モノよりも心を大切にする人生観で、「感謝」の気持ちを忘れません。その気質を磨いている人であれば、一見、感謝すべき場面でないように見えても、様々な角度から物事を考え直し、感謝する方向に持っていきます。それも、自分を成長させるためなのでしょう。

 この敬遠のエピソードもそうです。
 普通の人なら、最後の甲子園でこのようなことをされたら、これまでの頑張りを台なしにされたような気がしてしまうでしょう。
 人によっては、その後、荒れてしまう人だっていると思います。
 しかし、松井氏は違ったのです。この出来事が、自分の野球人生を輝かせる糧となったと「感謝」をしているのです。

『不動心』の「はじめに」では、松井氏はこんなことも言っていました。
 これは、メジャー3年目(2006年)に守備で手首をけがしてしまったときの話です。

「非常に大変な1年だったことは間違いありません。正直言って、手首の状態は完璧ではないし、これからのことを考えると不安にもなります。しかし、難しいことを言うようですが、その苦しみやつらさこそが、生きている証ではないでしょうか。僕は、生きる力とは、成功を続ける力ではなく、失敗や困難を乗り越える力だと考えます」

 こう彼は話しているのです。どうですか?
 八白としての「感謝」の強い念が感じられますよね。
 本当に素晴らしい価値観だと思います。これも、松井氏が誰からも尊敬させる人徳としてのひとつなのでしょう。