日本人の「交渉の常識」が<br />世界で通用しない理由ライアン・ゴールドスティン(Ryan S. Goldstein)
クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン外国法事務弁護士事務所東京オフィス代表カリフォルニア州弁護士
1971年シカゴ生まれ。1993~95年、早稲田大学大学院に留学。98年、ハーバード法科大学院修了。99年、アメリカの法律専門誌で「世界で最も恐れられる弁護士チーム」に選出された、クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン法律事務所(現)に入所。2005年に同事務所パートナーに就任。2007年に東京オフィスを開設。2010年に日本に常駐するとともに東京オフィス代表に就任した。東京大学大学院法学政治学研究科・法学部非常勤講師、早稲田大学大学院の客員講師などを歴任。

鮫島 ええ。日本では歴史上、「ベンチャー・中小企業は下請け、大企業は元請け」という関係性が根強かったですから、大企業の担当者もいまだに、「ベンチャー・中小企業の話を聞いてやる」という姿勢で交渉してくることが多いんですよ。

 極端にいえば、「アイデアや知識、ノウハウだけもらって、あとは自分たちの系列の会社でそれをやらせておけばいい」という意識の会社もある。そしてベンチャー・中小企業側も、「自分たちは所詮下請け」という負い目をどこかで抱えていますから、その圧力に屈してしまう。政府がいくらオープンイノベーションを進めようとしても、「下請け対元請け」というかねての関係性を拭い去れていないのが今の日本なんです。

ライアン すると、鮫島先生の役目がとても重要になってきますね。

鮫島 そういうことかもしれませんね。その関係性の中で、ベンチャー・中小企業が大企業に勝つ交渉をするための鍵は「いかに主張するか」と「いかに隠すか」の2点だと私は考えています。

ライアン 「いかに主張するか」と「いかに隠すか」?

鮫島 そうです。
「いかに主張するか」とは、端的にいえば「強い特許を取って、大企業側にしっかりとアピールする」ということ。どんなに素晴らしいテクノロジーを持っていても、取得した特許の範囲が狭い、つまり「弱い特許」であれば、資源に勝る大企業はその隙を簡単に突いて、似たようなものをつくれてしまいます。

 しかし、特許の範囲が広い、つまり「強い特許」を取ることができれば、大企業が真似をしようとしても「あれも特許に引っかかる、これも特許に引っかかる」となり、真似できない。

 だからベンチャー・中小企業側の知財戦略としては、「特許を強化し、その特許を強く主張する」ということが、大企業と対等以上に戦うためのひとつの鍵になります。

ライアン たしかに、「強い特許」は交渉の武器そのものですよね。では、もうひとつの鍵である「いかに隠すか」とは?

鮫島 ベンチャー・中小企業が持つテクノロジーの中には、あえて特許にせず「ブラックボックス」として隠しておいたほうがいいものもあります。

 たとえば、特許を取得しても他社の侵害を検出することが難しい知見、たとえば製造ノウハウのような技術が対象となっているような場合ですよね。そのような場合、特許の公開によりノウハウが流出してしまうのですが、侵害検出ができないから誰がどこでそのノウハウを模倣しているのかもわからない。

 そのときは、特許をとるのではなく、ノウハウを徹底的に隠す必要があります。そうして、「秘密を知るには、この会社と組むしかない」という状況をつくるのです。これが「いかに隠すか」ですね。「ブラックボックス」が交渉の武器になるわけです。