「誠実さ」は武器である

鮫島 『交渉の武器』を読むと、ライアン先生のその思いが強く伝わってきます。相手を思いやる日本企業の優しさにつけこんでくるグロバール・プレーヤーへの怒りをお書きになっていますね。厳しいグローバル・ビジネスの舞台で、日本企業の側に立って戦おうとしているライアン先生の姿勢に、たいへん勇気づけられます。

ライアン いえいえ。まだまだ力不足です。

日本人の「交渉の常識」が世界で通用しない理由

鮫島 そのお話を踏まえて、私が感銘を受けたのが『交渉の武器』の第3章です。章タイトルは「『誠実さ』は武器である」。日本人の私としては、「交渉がうまくなる」ために「悪い人間」になる必要はないんだと、嬉しくなりました。

 短期的な利益を取るのであれば、グイグイと自分の立場を主張して、パワーにものを言わせて有利な条件を勝ち取ればいい。でもそれでは、5年10年という長期的なスパンで見れば、社会の中で敬遠されかねない。

ライアン それは、グローバル・ビジネスでも一緒ですよ。誠実であることは、交渉において非常に重要なことです。ただし、誠実になりすぎるのもダメ。リアリズムをもったうえで、相手の裏の裏をかくような戦略性が不可欠です。“バカ正直”では交渉を戦えません。

鮫島 もちろん、そうですね。そのバランスが大事だと書かれている点で、『交渉の武器』は素晴らしい本だと感じます。

ライアン 実際、この世界には、交渉において「嘘をついていい」という文化の国もあります。交渉の場でも平気で嘘をつく。それが、その国の文化ですから、単純にその善悪を決めつけるべきではありませんが、「そういう文化の国もあるのだ」と理解したうえで、相手と向き合わなければ騙されるだけです。

 日本人はとても誠実で正直。だから、相手から言われたことをすぐに「真実だ」と考えます。口頭だけでなく、具体的な数字で示されている資料が付されていれば「説得力がある」としてより好意的にとらえます。

 でも、相手によっては信じないほうがいいことがあるのです。数字さえも平気でごまかしてくる、そういう文化が実際にあり、そういう交渉もたくさんあるのです。

鮫島 嘘をつく。数字をごまかす。たしかに誠実ではありませんが、現実として、交渉の仕方に「こうしなければいけない」という法律もないんですよね。誠実ではないが、違法でもない。

 でも、国際社会でこのような不誠実な交渉をし続けると信用を失いますし、ビジネスの世界でもうまくいかないでしょう。長い目で見ると淘汰される。それが「抑止力」になって、不誠実な交渉が減っていくことを願います。そして自分からは絶対に、不誠実な交渉を仕掛けないことですね。

(後半に続く)