米国老舗VCと組んでファンド運営を学ぶ

――ファンド組成後の97〜98年頃は「ベンチャー冬の時代」だったとも聞きます。

仮屋薗 ファンド組成の翌年である97年には山一ショックが起こり、苦しい環境ではありました。そのときに堀と「このまま2人で5億円のファンドをやっているだけでは、拡張性がない」と話しました。最初に投資をしてくれた方々は私たちの志を評価してくれた投資家たちです。ですが当時のGCPは実績もないし、信用もない。その状況で、日本でこれ以上資金を集めるのは難しいと思いました。

 そこで私たちは海外に道を求めました。それが前述のエイパックス・グループです。同社は70年代から活動し、米国のベンチャーキャピタル業界の創世記を作ったVCなのですが、当時アジアへの投資の道を模索していました。縁あって関係者と会うことができたことから99年に合弁会社を立ち上げ、日本特化型のファンドを立ち上げることになったのです。それが2号ファンドファンドの「Apax Globis Japan Fund (AGJF)」。規模は200億円で、当時として日本で最大級のファンドでした。

 このファンドを通して私たちが得たのは大きく2つです。1つめは投資判断や育成、エグジット施策という、VCが投資先の育成を通じてリターンを出すためのノウハウです。もう1つは、金融業としてのVCのノウハウです。VCも投資家からお金を預かり、リターンを返すのが仕事です。そのためには戦略とオペレーションとチームを作って、世界中の機関投資家からしっかりとお金を集める。そしてポートフォリオ戦略を組んで、経過を出資者に網羅的なレポートティングをしていくことが必要です。そんなファンドマネジメントの手法も学ぶことができました。

 この頃から、VC業のフロント業務とバックオフィス業務を統合的にやるということができるようになったのです。いわばここまでがGCPの第1期。ここから今野や高宮をはじめとするメンバーが増えていくことになります。

――現在のチームについて教えてください。

今野穣(以下、今野) このファンドの設立に合わせてさまざまな点をアップデートしようと思っています。ファンドの規模が大型化することに合わせて、組織としての支援を強めようと考えています。

 キャピタリストで言うと、プリンシパル以上が7人ほどいます。ファンド規模が大きくなっている中で、さらに5人くらいのメンバーを採りたいと思っています(編集注:VCの多くはアソシエイト、プリンシパル、パートナーという職位を持っている。あくまで一例だが、アソシエイトはコンサルや事業会社で一定の経験を積んだ者、プリンシパルはVC経験者で実務の支援なども可能な者、パートナーは投資の意思決定者であることが多い。GCPのパートナーは今回取材に応じた3人と堀氏の計4人)。

 また同時に投資先の支援機能を強化します。私たちは「IR」「HR」「PR」「ER(EngineeRの略)」の「4R」と呼んでいますが、この支援を進めていき、「Value Add Team」を社内で組成するとともに、外部アドバイザーを拡充する予定です。特に採用支援を強化するとともに、投資先のコミュニティー化を加速していきます。このチームについても数年内に3〜5人増やしていく予定です。

現状で言うと、HRについてはエージェントと連携し投資先に採用候補者を紹介するというところから始まり、幹部候補などについては投資先のスタートアップともに採用に向けて動きます。面談などにも関わっていきます。また同時に、自分たちで採用したいような「キーマンリスト」を用意しており、投資先に人材をどう紹介していくか考えています。