平成の金融危機から学ぶ
4つの教訓

 このような国民生活の安寧を脅かすような金融危機は、今後二度と引き起こしてはならない。平成の金融危機から得られる教訓を、ここでは4つにまとめて記しておきたい。

 第1に、地価をはじめとする経済事象については、正確な実態把握と的確な情勢判断および先行き見通しの策定が重要である。そのうえで意思決定を行うべきだ。

 データを解析し、何が起きているかを判断し、その背景について検討を行う。次に予測が当たっていたかのチェックである。予測が外れた場合は原因を追求する。その過程で判断ミスの事実とその原因がわかる可能性が高い。

 日本の地価については、地価神話は誤りであり、明らかにバブルであった。バブルはいつかは崩壊する。バブルの崩壊であれば、値戻しすること自体わからない。バブルでの値上がりは理屈がないので、上がった分はすベて下がると考えた方がよい(注5)

 第2に、有事に備え、対応策の準備をしておくこと。古今東西の研究は不可欠である。日本では昭和恐慌の際「昭和銀行」という受け皿銀行が設立されたほか、県が地元地方銀行に公的出資を行った(注6)。米国では大恐慌の際、FDIC(1933年、連邦預金保険公社―預金保険制度)、RFC(1932年、復興金融公社―公的出資)が設立された。こうした機能等は平成金融危機にすべて取り込まれ、活用された。

 また有事対応として、シミュレーションが必要であるが、標準形のみならず、最悪のケースも想定しておくことが重要である。

 第3に、行動である。問題先送りはサボタージュと観念する。変化の予兆を感じたら、行動を基本とする。これは、トップが判断することであるが、常日頃から情報、とくに都合の悪い情報がトップに伝わるよう、風通しの良い組織にすることが重要である。

 第4に、アカウンタビリティ(説明責任)である。行動は国民、株主、市場等にタイムリーに説明される必要がある。それによって、関係方面の信頼を得られるようになるのだ(注7)。

(注5)地価(公示地価。大都市[東京、大阪、名古屋]圏、商業地)の動向を見ると、1986年から1991年にかけて大幅に上昇(これがバブル)した後、1992年以降2005年まで13年連続して下落した。2006年にようやく上昇に転じたが、2008年リ-マンショックの発生を機に再び下落に転じた。
(注6)群馬銀行、岩手銀行、宮崎銀行では、現在でも県関係の出資が残っている。
(注7)1990年代後半までは、金融機関の経営情報等(引き当て・償却をはじめとする決算、不良債権情報等)は大蔵省のルールに基づき、同省に報告、承認を受ける扱いであった。しかし金融庁が設立され、会計機構、会計基準が民間に移行し、決算承認・償却証明制度が廃止されるなど国民・市場ファーストのコーポレートガバナンス近代化が急速に進んだ。

(いちよし経済研究所アドバイザー 和田哲郎)

【後編】「日本経済を脅かす2つの「金融危機の芽」の正体、元日銀幹部が警鐘」はこちら