だが、同展覧会では、観光で来日していた中国人が、書体の一つひとつを指さしながら「このハネが……」「この筆のかすれ具合が……」などと唾を飛ばしながら激論していた姿があちこちで見られたし、在日中国人のSNSなどでも、「ついに念願の顔真卿展に行った!」「記念に筆や硯、図録を買ってきたので、今度、中国へのお土産にするよ」といったような投稿を数多く見かけた。中国人の「書体や漢字そのものへの関心の高さ」は並々ならぬものがあり、やはり“本家”は、日本人とは熱の入り方が違うのだなと感じさせられた。

「国学」への関心が高まり
古典ブームが巻き起こっている

 中国のある程度知的レベルの高い層の人々と話していて感じるのは、その豊富な語彙力や表現力だ。文章を書いたり、会話をしたりしているときに四字熟語を多用したり、さらさらと漢詩を書いたりすることも珍しくない。日本人の中にも四字熟語に詳しい知識人は多いが、ふだんから漢詩をさらさらと書けるような人はめったに見かけない。

 以前、九州の城下町にある小さなカフェを取材した際、その店主が、中国人旅行客が書いたというメッセージを私に見せてくれたことがあった。来店した人が自由に感想を書き込める「思い出ノート」の一部だったが、中国人は皆、自作の素晴らしい漢詩を書いていた。

 このようなことは頻繁に起きていることなのか、あるいは私がこれまであまり気がつかなかっただけなのかは、正直いってよくわからない。だが、中国では、少なくともここ数年、「国学」への関心が以前よりも高まっていることは確かだ。

 国学とは、論語をはじめ、孟子、老子、大学、四書五経、弟子規(孔子などの教えに基づく生活規範)などの中国の古典のこと。日本では古くからこの分野の研究が進み、「孫子の兵法」などに代表されるように、日本で出版されている中国古典のレベルは高く、また、日本社会にも「中国からやってきた文化」は知らず知らずのうちに浸透している。

 だが、“本家”の中国では、文化大革命などの影響で、これらの古典は長い間、軽んじられたり、日の目を見なかったりするような風潮があった。