岩渕 そんなに変わったことはしていなくて、気になるサービスなりコンテンツなりにふれたときに、「これを『美術手帖』でやってみたら、どうなるだろう?」と思考実験するところからはじめます。
たとえば「『WIRED』さんのウェブをよく見ていたので、『アート版のWIRED』をやってみるのはどうかな?」とか、「○○みたいなサービスを『美術手帖』でやったらどうかな?」とかいったふうにシミュレーションする感じですね。そこから実際につくるのはまったく別で大変なのですが……。

佐宗 『直感と論理をつなぐ思考法』では、個人のビジョンを現実化していく方法として、「妄想→知覚→組替→表現」の4ステップをご紹介していますが、いまのお話は「妄想」と「組替」のフェーズにあたるイメージですね。

岩渕 まさにそうだと思います!

マーケットを想定しての妄想力のチューニング

佐宗 岩渕さんは若くして『美術手帖』の編集長になられたと思いますが、そうした「具現化」のステップでつまずかれた経験はありますか?

岩渕 編集者になって最初の3年くらいは、自分の好きなものや興味のあることの特集ばかりやっていました。でもこれがみごとに全然売れなかったんです……。で、このままだと雑誌自体があぶなくなると思い、「商業雑誌である以上は、多くのお客さんに届けないといけない」と一念発起して、「売れる号を研究して、つくってみよう」というふうにモードを変えたんです。

佐宗 おお、それは元マーケターとしても、非常に気になりますね! 「好き」から「売れる」へと完全に真逆のモードに振られたんですね。

岩渕 じつはデータとかを見て、客観的なマーケティングみたいなことは、そこまでやっていません。それよりはむしろ、自分の感覚を深掘りしていったようなイメージですね。

佐宗 自分をユーザーにして企画を考え始めたという点では、「VISION DRIVEN」な手法ですね。

岩渕 たしかに、そう言えるかもしれませんね。たとえば、書店に行ってなんとなく「面白そうだな」と思って本を買いますよね? そういうときに、「なぜ面白そうだと思ったのか?」、あるいは買わなかったのだとしたら、「どこが面白そうじゃなかったから買わなかったのか?」ということを振り返るようにしたんです。

佐宗 ふだん「なんとなく」で素通りしている「自分の感覚」に意識を向け、辿り直してみたわけですね。

マーケットを動かす「妄想家」がこっそりやっている「現実とのすり合わせ」とは?【岩渕貞哉×佐宗邦威 対談(1)】