自分の成長を感じられないと、人はオーセンティシティを失う
中竹 多くの人はたぶんそれができずに、苛立ったり劣等感を感じたりしてしまうんですよね。武田さんは、そういう部分で落ち込んだり、自己嫌悪で自分を責めたりすることはなかったんですか。
カルビー株式会社 常務執行役員 人事総務本部長。1968年東京生まれ。89年に株式会社クレディセゾン入社。全国のセゾンカウンターで店舗責任者を経験後、営業推進部トレーニング課にて現場の教育指導を手掛ける。その後戦略人事部にて人材開発などを担当し、2014年人事担当取締役に就任。2016年には営業推進事業部トップとして大幅な組織改革を推進。2018年5月カルビー株式会社に転職、翌年4月より常務執行役員。全員が活躍する組織の実現に向けて人事制度改定など施策を推進中。
武田 落ち込んだり自分を責めたりしたことはあったと思います。最近はあまりないですけど。ただ、私は36歳でがんになって、さらに治療の副作用でうつになったんです。こんなにあっけらかんとした性格なのに、そのころは本当に哀しくて哀しくて、いつも死にたかった。でも明らかに自分のいつもの行動パターンと違うことが起きていると頭ではわかっていたので、がんの治療に加えて副作用のための治療をしました。
そしてそのことをきっかけに、心理学について勉強し、カウンセラーの資格を取ったんです。がん患者を支援する会で、患者さんたちの相談にも乗るようになって。ひとりひとり状況も何もかもまったく違う患者さんたちとのやりとりを通じて、人を「個」で見るという向き合い方をすごく学びました。人事の仕事をしていくうえでも、その経験はとても役に立ちました。落ち込んだり凹んだりしても、そこで学びを得て、浮上してきた感じですね。
中竹 学びを得るということは、大きいですよね。「自分の成長を感じられない」というのは、実はオーセンティシティを失うことにつながるんです。世の中の思考は、「結果を出す」ということがひとつの基準のようになってしまっている。わかりやすい現象ですからね、「結果を出す」ということは。
そうすると、実際は日々成長していたり、いい進捗があったりするにもかかわらず、「いや、まだ結果を出していないから」となってしまう。いろんなことをやっていて進捗もあるのに、まわりから「がんばっているね。これうまくいってるね」と言われても、「いやいや、まだ結果出していないんで」って自己完結してしまう。そういう完璧主義の人が多いんですよね。
わかりやすい「成果」という現象にとらわれると、自分らしさというのをつかみづらくなる。大切なのは現象としての成功ではなく、1週間前に比べてこれだけ進んだというようなプログレス(進捗)を認識することなんです。
武田 村上春樹さんの著書に出てくる「小確幸(しょうかっこう)」のようなものですね。小さいけれど確かな幸せ。いわゆる「春樹語」なんですけど、それをどれだけ見つけられるか、ということですね。大目標とは全然違うことなんですけど、ちょっとニヤッとできたり、小さくガッツポーズできたりすることを、どれだけ自分が気がつけたり、集められたりするか。それだけで全然違うんです。私は自分のアンテナが低いとそういう幸せを感じにくくなるので、常に感性はみずみずしくありたいなと思っています。
中竹 嫌なことがあっても、視座を上げる感じですか?
武田 嫌なことも、違う面から見れば良いことがあったりしますし。嫌なことがあって凹んでも、現象としては過ぎ去っていくものだから、1週間経ったら忘れているだろうな、と思うようにしています。1週間後の自分を先にイメージしてしまえば、立ち止まってくよくよしたり、その感情にとらわれたりしないで済みますから。