新しい時代の「リーダーシップ」として今、「オーセンティック・リーダーシップ」に注目が集まっている。優れたリーダーの「目指すべき姿」を真似るスタイルから、真正で嘘のない、自分らしさでチームを導いていくオーセンティックなリーダーへ。

「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」では、地位や肩書によってリーダーの力が決まっていた時代の反動ともいえるこの傾向に注目し、 EI〈Emotional Intelligence〉感情的知性シリーズの最新刊として『オーセンティック・リーダーシップ』を発売した。

その刊行を記念して、日本ラグビー協会でコーチングディレクターを務め、リーダーシップに関する著書や監訳書を多数出版している中竹竜二氏と、カルビー常務執行役員であり、日本の人事部「HRアワード2018」企業人事部門 個人の部で最優秀賞を受賞した武田雅子氏に、いまなぜオーセンティック・リーダーシップが求められるのか、自分らしいリーダーシップとはどのように培っていけるのかを語ってもらった。(構成/田坂苑子 写真/斉藤美春)

「ダメ監督」と「生意気な新入社員」をさらけ出すことでまとまったチーム

中竹 私は小学校からラグビーをやっていたんですが、こんな体格だったのであまりうまくなくて、ほとんど活躍できなかったんです。大学でも、早稲田大学のラグビー部に入れたとはいえ、当時部員は160人くらい。1軍から9軍くらいまであって、私は3軍辺り。それが突然4年生でキャプテンになった。でもやっぱり体は強くなくて、全身麻酔を伴う手術を7回は受けて、ドクターストップギリギリのところでやっていました。いってみれば、ダメダメな状態でキャプテンをやっていたんです。

 その後、イギリスへの留学を経て、社会人になり、指導経験ゼロで早稲田大学ラグビー部の監督になりました。指導経験もない32歳の新監督。選手たちにはあからさまに舌打ちされたり、ため息をつかれたりして、「中竹死ね!辞めろ!」と、罵られたこともありました。そんなダイレクトな批判を部下から受けたこともあります(笑)。

中竹竜二(なかたけ・りゅうじ)
公益財団法人日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター、株式会社チームボックス代表取締役、一般社団法人スポーツコーチングJapan 代表理事。1973年、福岡県生まれ。早稲田大学人間科学部に入学し、ラグビー蹴球部に所属。同部主将を務め全国大学選手権で準優勝。卒業後、英国に留学し、レスター大学大学院社会学部修了。帰国後、株式会社三菱総合研究所入社。2006年、早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任。2007年度から2年連続で全国大学選手権優勝。2010年、日本ラグビーフットボール協会初代コーチングディレクターに就任。2012年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチも兼務。2014年、リーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックスを設立。2018年、スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。

武田 私は、入ったばかりの頃からクレディセゾンでとても生意気な社員でした。「こうしてみたらいいのに」とか、いろいろ上司に提案していたんです。そんなに言うなら自分でやってみたら、ということになり、入社後2年も経たないうちに、役職に就きました。

 当然部下はみな年上の先輩。まったく言うことを聞いてくれない。当時はパルコというファッションビルのクレジットカードカウンターにいたんですが、店長はショップマスターという役職で、「マスター」と呼ばれるのが慣例だったんです。でも、誰もそう呼んでくれない。認められてなかったんですね。結局誰かが言いだしてくれて、「武田マスター」と呼んでもらえるまでに半年くらいかかりました。

 今のようにネットもないし、リーダーシップに関する本が書店に並んでいるわけでもない。リーダーシップやマネジメントについてあまり語られることのない時代だったので苦労しました。

中竹 そのとき、いじめられているという感覚はなかったんですか。

武田 今考えると、いじめられていたのかもしれないですね(笑)。でも当時は、その人たちのために働いているというよりは、チームのためという気持ちが強かったし、仕事の仕組みのほうに興味があって、学ぶことに一生懸命だったので気がついていませんでした。

中竹 私も、選手から馬鹿にされても、監督としてのやるべき仕事が見えていたからあまり気になりませんでした。逆に、選手たちに「私は監督としてド素人だから教えることはできない、自分たちでがんばってくれ」と、はっきり言っていました。選手からは「じゃあなんで引き受けたんですか?」というすばらしい質問が出ましたけどね(笑)。

 理由はともかく、引き受けた以上はやらなければならない。そんななかで、従来のようなリーダーではなく、自分の弱さをさらけ出すことで、最後は選手たちとうまくやれるようになったし、優勝もできた。スキルや能力ではなく、どれだけ早いうちに自分をさらけ出し、仲間から認めてもらうかが大事だと思いました。

武田 私もまわりのことはあまり気になりませんでしたね。その人たちを好きか嫌いかというより、ただ彼らの行動さえ変わってくれればいいじゃないですか。だから、そういうことだけに注力していました。

 みんなが目先の目標を見て仕事をしている中、私はテナントさんと仲良くなっていたので、販促や仕事の仕組みがわかるようになっていたんです。そうすると、会社のもっと大きな方針が理解できるようになる。だから自分が知り得たことを「ねえねえ、知ってる?」って、一人ひとりに話したりしているうちに、みんなも自分の仕事の意義に気づきはじめて。自分の仕事がどういうことに結びつくかわかってきたんですね。そうしたらみんな自発的にどんどん動きはじめてくれて。そこからはもう「みんなに任せよう」という感じになりました。