応援団、お祭りムード、
そして第二の都市のプライド

「ベースボールは教会に似ている。多くの人が訪れるが、意味を理解している人はほとんどいない」
──サンフランシスコ・ジャイアンツの元捕手で監督も務めたウェス・ウェストラムの言葉

球場は教会だという比喩は、ウェストラム自身が思うより適切かもしれない。教会通いと同じで、球場での試合観戦も、いろいろな感覚を刺激し、さまざまな味わい方ができる。 教会を訪れる理由はさまざまだ。賛美歌に説教、祈り。外へ出ること自体が目的の人もいれば、礼拝後の交流が目的の人もいる。宗教の核は、集団での儀式にあるのか、それとも個人としての内省にあるのか。(教会や寺院、モスクなどの)聖なる場所を定期的に訪れなければ信心深いとはいえないのか、それともほかのかたちでも信仰は示せるのか。

 こうした疑問は、スポーツ界のジレンマにも通じる。甲子園でジャイアンツ戦が開催されれば、5万5000人が客席を埋め、数百万人が全国津々浦々でテレビやラジオを通じて試合を視聴する。放送はほとんど追わないという人も結果は気にしている(もしくは気にしているふりをする)し、世間話が始まればタイガースを持ち出す。そしてもちろん、関西の住民の中にも(少数派だが)地域のほかの二チーム、あるいは関西以外の球団を応援している人もいる。タイガース、野球、スポーツにまったく関心のない人もいる。本物の“トラキチ”から“一見”の観客、さらにはまったく無関心な人まで、興味と熱意のレベルは当然ながら多種多様だ。