オランダのフローニンゲン大学教授の計算では、1820年当時の中国のGDPは世界の28.6%を占め、欧米諸国をはるかに引き離す栄華を誇った。

 科挙合格者を輩出した名門の豪商出身であるトウ小平氏は、中国の体制を昔に戻すことで、繁栄を取り戻した、ともいえる。

 中国系の華人が75%を占めるシンガポールも知的官僚専制国家だ。国会議員89人中与党の人民行動党が83議席を持ち、野党が当選しにくい制度を設けて1党独裁政権を保ってきた。新聞、テレビはすべて国有企業の傘下にあり、言論、集会を厳しく取り締まっている。

 だがシンガポールは市場経済で大成功して金融センターとなり、1人当たりのGDPは6万4000ドル余りで、かつて宗主国だった英国の4万2000ドルより50%以上多い。

 実利を重視するシンガポールの中国人は政治、言論の自由よりも、開発独裁で経済発展をもたらした初代首相の李光躍(リー・クワンユー)氏(ケンブリッジ大学を首席で卒業)を尊敬し、その長男の李顕龍(リー・シェンロン)氏(同大学卒)が現在、首相として君臨することにも異を唱える人は少ない。

 世論調査では「政府に期待すること」の第1位は「秩序の維持」が63%で、「言論の自由」は3%だった。

 中国史を考えれば、清朝の第4代皇帝だった康熙帝は中国史上最高の名君とされ、その次の雍正帝、第6代の乾隆帝に続く3名君の時代は今日の中国でも「康熙、乾隆の盛時」と称されている。今日の中国の繁栄をそれに比する論も中国で出る。

 清朝は満州族による中国支配だったが、この3人の皇帝は一流の中国文化人だった。とはいえ、漢民族が満州族を批判する「攘夷思想」には強い警戒心を示し、そうした言論は厳しく取り締まった。

 中国人が異民族による支配を「盛時」と言うのも変な話だが、治安が比較的良く、経済が発展したことを評価するのは、中国人の実利主義を示している。

 今日の中国の成功をもたらしたトウ小平氏がモデルとしたシンガポールは中国の伝統的体制であるだけに、中国人にとっては違和感が少ない「すわりのよい」体制なのではないか、と思われる。