歴史の中にある「問い」のきっかけ
――そして、「人間とは何か?」を考える上で、五島は最適な場所であると?
山口:そんな気がしますね。五島列島は、昨年「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として列島内の一部集落が世界遺産登録されたように、潜伏キリシタンの歴史で知られています。安土桃山時代から明治初期までの約280年にわたる禁教の歴史の中で、信者の方々が列島各地に隠れ住みながら信仰を守り続けてきました。
その様子は、遠藤周作の『沈黙』や、それを原作としたマーティン・スコセッシ監督の映画作品に克明に描かれていますが、本当に想像を絶する過酷さなんですね。
山口:例えば、今回の訪れた久賀島の「牢屋の窄 殉教記念教会」は、特に悲惨な拷問があった場所として知られています。日本で禁教が解かれるのは、明治に入ってからの1873年ですが、そのわずか7年前の1886年(明治元年)にたった12畳の牢屋に潜伏キリシタン約200人が8ヵ月にわたり閉じ込められ、42名もの方が亡くなった場所なんです。
その亡くなり方が「水が欲しい欲しいと言いながら亡くなった」とか「ヒルに噛まれて苦しみながら亡くなった」と記録されていて、しかも犠牲者の中には子どもが半分以上を占めていたというのですから、信じられない惨たらしさです。
「わからなさ」と向き合う力
――五島列島には、そんな壮絶な歴史があったことさえ知りませんでした。なかなかすぐには理解できませんが、衝撃は受けますね。
山口:それでいいんです。「人間とは何か?」を問うことが、重要な時代になりつつあると話しましたが、じゃあ、どうやってヒューマニティーに対する理解を深めていくかといえば、人間が過去に何に惹きつけられてきたかを見ていく以外に方法はないと思っています。
例えば、どんな文学作品に惹かれてきたのか? どんな宗教に惹かれてきたのか? どんな政治的イデオロギーに惹かれてきたのか? 何を考え、何のために人生を費やしてきたのか? そうしたことを知ろうとした時点から、ヒューマニティーへの洞察は始まります。
五島の潜伏キリシタンの存在は、その最たるものです。一体何に突き動かされて、あれほどの拷問や迫害に耐えて300年近くもの間、信仰を守り続けてきたのか? 経営学的に言えば、何のリターンも期待できない状況で、なぜあれほど高いモチベーションを維持できたのか? 非常に不可解ですが、その「わからなさ」の中に大きなヒントがあるのです。
――今の自分には到底理解できない「わからない」に、まずは出会うことが大事であると。
「人間の本性」はそれほど変化しない
山口:人間の本性って、時代を経てもそれほど変化しないんですね。テクノロジーが進化しても、社会もしくみが変遷をとげても、人間がそれらに対してどのように対応していくかは、ヒューマニティーへの洞察があればある程度わかります。ですから、これからの社会で価値を生み出していこうというビジネスパーソンこそ、「人間とは何か?」という問いに真剣に向き合った方がいいと思います。
――確かに、私たちは時代によってすべてが変化していくと感じていますが、そうではない「不変の部分」があることを歴史を通じて認識できるわけですね。
山口:はい、私たちが普段想定している「人間」は、きわめて狭い範囲の人間にすぎません。現代において私たちが「人間」を考える時に、無意識に経済学でいうところの合理的人間を仮定していることがほとんどでしょう。でも過去の人間を見ていくと、全然合理的ではない。合理的ではないもの、最初はまったく理解できないものに意識的に触れ、「わからなさ」と向き合うことが、ヒューマニティーに対する洞察のきっかけになっていきます。
「オールドタイプのモノサシ」をリセットする
山口:歴史をたどってみるとよくわかりますが、人間の考え方はすごく保守的なのところがあります。つまり過去50年間がどうだったかという慣性に、どうしても引きずられてしまう。元号も平成から令和に変わったのにもかかわらず、発想だけは、昭和に作られた価値観に引きずられ、組織では依然として「オールドタイプ」が大事にしてきたGDP、学歴、KPIといったモノサシが幅をきかせています。
そうした既存のモノサシが世の中に浸透しきっている状況では、何が稀少で豊かさの源泉になっていくかが見えづらくなるのは当然のことです。
多くのビジネスパーソンが生きている東京、正確には「東京的価値観に覆われた場所」では、システムが完結された状態で動いているので、その中でクルクル回っているままでは、「オールドタイプ」のモノサシから離れて思考することがなかなか難しいでしょう。今回の五島の旅は、そのモノサシを一度リセットする意味もありました。
これからの社会で大きな価値を生み出して行く「ニュータイプ」にとって、確実に「旅」は一つの大事なキーワードになるとなっていくと思いますね。
――オールドタイプのモノサシから離れて、自分の中で異化の作用を起こすこと。そのためにニュータイプほど「旅」を人生の中で重視している意味が見えてきました。
(掲載した写真すべて福江島在住の写真家・廣瀬健司さんによる撮影です)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『劣化するオッサン社会の処方箋』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『グーグルに勝つ広告モデル』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術』(東洋経済新報社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(ダイヤモンド社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。神奈川県葉山町に在住。