ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』が話題で、講演も大人気の山口周氏。時代を見通す慧眼に注目が集まるなか、山口氏が「アート」「美意識」に続く、新時代を生き抜くキーコンセプトをまとめたのが、『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』だ。
モノが過剰になり、正解がコモディティ化する世界では、これまで評価された「論理とサイエンス」は急速に価値を失い、「美意識とアート」が求められる。その流れはさらに加速し、今後は「問題発見」と「意味創出」の価値が増す。
社会構造の変化やテクノロジーの進化にともない、「優秀」とされる人材要件は大きく変わる。では、これから活躍できる新しい人材=ニュータイプとは? 本稿では同書から一部抜粋して、特別公開する。

「人材シフト」を駆動する
6つのメガトレンドとは?

 どのような時代でも、その時代において「望ましい」とされる人材の要件は、その時代に特有の社会システムやテクノロジーの要請によって規定されます。

 これはつまり、世の中の要請に対して相対的に希少な能力や資質は「優秀さ」として高く評価され、逆に過剰な資質や能力は「凡庸さ」として叩き売られる、ということです。

 20世紀の後半から21世紀の初頭にかけて高く評価されてきた、「論理とサイエンス」を武器にする「問題解決者=プロブレムソルバー」は、今後「オールドタイプ」として急速に価値を失います。

一方、「美意識とアート」を武器に、誰も気づいていない問題を見出し提起する「課題設定者=アジェンダシェイパー」は、「ニュータイプ」として今後、大きな価値を生み出すでしょう。

 では、オールドタイプからニュータイプへのシフトを促進する、時代の変化にはどのようなものがあるのでしょうか。書籍で紹介する「6つのメガトレンド」のうち、今回は1~3までを紹介します。

【メガトレンド1】飽和するモノと枯渇する意味
【メガトレンド2】問題の希少化と正解のコモディティ化
【メガトレンド3】クソ仕事の蔓延
【メガトレンド4】社会のVUCA化
【メガトレンド5】スケールメリットの消失
【メガトレンド6】寿命の伸長と事業の短命化

【メガトレンド1】
飽和するモノと枯渇する意味

 現代の日本で生を営んでいる私たちは、日常を安全かつ快適に暮らすために必要とされている、ほぼありとあらゆるモノを手に入れることができる時代に生きています。

 半世紀前の1960年代において、人がうらやむような豊かな生活の象徴として崇められていた「三種の神器」とは、すなわちテレビ、洗濯機、冷蔵庫の3つの家電でしたが、今日では、これらの家電を保有しない家を見つけることの方が難しい状況になっています。

 たった半世紀のあいだに「憧れの対象」となっていたモノが、すでにあまねく行きわたっているのが、現在という社会です。このような時代をかつて人類は経験したことがありません。私たちは、すでに必要とされている、ありとあらゆるモノを手に入れることができる時代に生きているのです。

 しかし一方で、このような「恵まれた状況」にありながら、多くの人々は、なんとも名状しがたい欠落感を抱えながら生きています。人類の長年の夢であった「差し当たって、今日を生きるのに大きな心配がない」という状況が、多くの人にとって現実のものとなったにもかかわらず、何かが満たされていない、人生において何か本質的に重要なものが抜け落ちているような感覚です。

 物質的な欠乏という課題がほぼ解消されてしまった世界において、人はどのようにして「生きる意味」を見出していけばいいのでしょうか。この問題をおそらく歴史上、最初に指摘したのはドイツの哲学者、ニーチェでした。ニーチェは150年も前にすでに、現代人が「意味の喪失」という問題に陥り、ニヒリズムに捉えられることを予言しています。

 ニヒリズムとは何でしょうか。ニーチェは次のように定義しています。すなわち「何のために、という問いに対して答えられないこと」だと。「何のために」という問いへ答えられない、つまり「意味が失われた状態」こそが、ニヒリズムの本質だ、というのですね。

 私たちは「モノが過剰で、意味が希少な時代」を生きています。「モノ」がその過剰さゆえに価値を減殺させる一方で、「意味」がその希少さゆえに価値を持つというのが21世紀という時代です。

 このような時代にあって、相も変わらずに「役に立つモノ」を生産し続けようとするオールドタイプは価値を失うことになる一方で、希少な「意味」を世界に対して与えるニュータイプは大きな価値を生み出していくことになります。

【メガトレンド2】
問題の希少化と正解のコモディティ化

「モノの過剰化」はまた、「問題の希少化」という事態を生み出すことになります。モノが過剰に溢れかえる世界にあって、私たちは日常生活を送るにあたって、すでに目立った不満・不便・不安を感じることはなくなっています。これはつまり、今日の日本ではすでに「問題が希少化」していることを示しています。

 ビジネスは「問題の発見」と「問題の解決」が組み合わされることによって初めて成立します。したがって、両者のうち「少ない方」が常に社会的なボトルネックとなり、そのボトルネックを解消できたプレイヤーには大きな価値がもたらされます。

「問題」と「解決策」のバランスについて、過去を振り返ってみれば、原始時代から20世紀後半までの長いあいだ、常に過剰だったのは「問題」であり、「解決策」は希少でした。多くの人々が、物質的な側面で大きな「不満・不便・不安」を感じており、だからこそ、それらの問題を解決できた個人や組織に富が集中したのです。

 当然のことながら、このような時代においては「問題を解ける人」が労働市場で高く評価され、高水準の報酬を得ることになりました。しかし、ありとあらゆるモノが過剰に溢れかえることで「問題」が希少化してくると、ボトルネックは「問題の解決」から「問題の発見」へとシフトし、「解決能力」は供給過剰の状況に陥ることになります。

 このような世界において、かつて高く評価された「問題解決者=プロブレムソルバー」はオールドタイプとして大きく価値を減損することになる一方で、誰も気づいていない問題を見出し、経済的な枠組みの中で解消する仕組みを提起する「課題設定者=アジェンダシェイパー」が、ニュータイプとして大きな価値を生むことになるでしょう。