すでにいろいろな分析がなされている。内外を問わず自動車メーカーが好んで使う言い訳は「情報発信の主力がSNSなどインターネットに移行したため」というものだ。「時代の流れ」でこうなったのだから、仕方がないという論法だ。

 だが、これは「事の本質」を捉えていない。世の中では確かにSNSが情報拡散のメインステージになっている。だが、ここで拡散されるのはあくまでさわりのものであって、ライブではない。

 例えば、これからの季節、欧州のリゾート各地で行われる音楽祭。情報通信革命とはすごいもので、そこで行われる多くのコンサートの様子がリアルタイムで世界に拡散されている。その場に行かなくても、一流の演奏家のパフォーマンスを見られてしまうのだ。

 だからといって、その場にお金と時間をかけて出かけていって、ナマで触れることの価値が落ちたわけではない。むしろチケット争奪戦は年々激しくなっており、取れたら小躍りして喜ぶレベルだ。

ショーが
魅力的でなくなった

 旅行でも音楽・美術鑑賞でも、写真や動画で見られるものは手触りがない。インスタグラムでいくらきれいな写真を見ても、そこに行くのとはわけが違う。写真を見てモノを知ったような気分になるのは、レストランの見本を見て味を知ったような気分になるのと本質的には変わらない。100回そこに行けば、時間、天気、季節、自分の気分等々のファクターで、100通りの体験ができる。1000回ならおそらく1000通りの体験があるだろう。だからこそ、ライブを求める人が後を絶たないのである。

 クルマのショーが衰退したのはSNSのせいなどではない。

 ショーが顧客にとって、そもそもまったく魅力的なモノではなくなったのが最大の原因だ。どこのショーを見てもクルマや技術が並べられているだけで、せいぜいその前でパフォーマーが芸を披露しているくらいのものだ。

 クルマがまだ物珍しかった時代、あるいは性能の急伸や、めくるめく新デザインの提案など、人間の官能性に強く訴える商品であった時代は、クルマを陳列するだけで十分ライブになった。だが、今は5000万円、1億円といったスーパースポーツですら物珍しくない時代。クルマのデザイン自体、流体力学の発展によってどれもこれも似たようなものになった。