同センターにはカタルーニャ州出身者の子弟か、あるいは家族ともにカタルーニャ州に移住してきた外国人だけが入寮するため、必然的に寮内で飛び交う言葉はカタルーニャ語となる。母親と6歳年下の弟とともにスペインへ渡った久保は、わずか数ヵ月後には未知の言葉をしゃべれるようになったという。日本を発つ前に積み重ねていた予習に加えて、耳から学び、片言でもいいからとにかく話しかけていくことで、急速に新たな言語をマスターしていったのだろう。

 同時にスペインにおける言葉の事情も知り、カスティージャ語も必死になって学んだのか。スペインで2番目に発行部数が多いスポーツ紙『アス』は、加入時ですでに言葉の壁を乗り越え、もう何年もレアル・マドリードでプレーしているように振る舞う久保を驚きとともにこう報じている。

「ほぼ完璧なカタルーニャ語とカスティージャ語を、クボは話すことができる」

 もっとも久保はバルセロナが犯した違反の煽りを食らう形で、志半ばで2015年3月に帰国。FC東京の下部組織の一員として、日本語だけが飛び交う日々を送るようになった。せっかく習得したカタルーニャ語やカスティージャ語が、錆つくことはないのだろうか――こんな質問を受けた久保が、心配無用とばかりに首を横に振ったことがある。

「多少は抜けるかもしれませんけど、一度覚えたものはそんなに簡単には。例えば単語をひとつ忘れるくらいだったら、全然問題なくやっていけるので」

安部裕葵はバルセロナに移籍も
言葉の壁にぶつかり“内気”に

 対照的に新天地で言葉の壁にぶつかっている一人が、今夏に鹿島アントラーズからバルセロナへ完全移籍で加入した20歳のFW安部裕葵となる。Bチームから挑戦をスタートさせる安部は、他の有望な若手選手たちとともにRakuten CUPの遠征メンバー入りを果たすも、来日前の練習中に腰を痛めたこともあって、残念ながら2試合ともベンチに入ることはなかった。

 取材エリアとなるミックスゾーンでも言葉を発することなく、再び日本を発った安部は滞在中に行われた民放テレビ局によるインタビューで、短期的な目標をこう掲げている。

「まずは年内に言葉を覚えることですね」

 海外志向が強かったこともあり、英語の勉強をスタートさせていた安部にとっても、名門バルセロナから届いたオファーは望外だった。時間の経過とともにチャレンジしたい思いが上回り、アントラーズへ加入して3年目で移籍を決意したものの、新天地で飛び交う言葉は未知のものだったのだろう。