意識的な記憶と無意識的な記憶

佐宗 3つのネットワークをうまく使うというお話に関連して、芸術家ダリのエピソードを思い出しました。彼は絵を描いている期間は、ペンを持ったまま椅子に座って居眠りをするようにしていたそうですね。うとうとするとペンが落ちて起きてしまう。起きた瞬間に浮かんだイメージが彼の創作のソースになっていたのだとか。居眠りは集中と弛緩の切り替えですから、そうやってSNを働かせながらDMNとCENとの行き来を繰り返していたというお話につながりそうだなと思いました。僕らの日常ではこれらをどう使い分ければいいのでしょうか?

青砥 昨日のことを思い出してみたり、明日何をやろうかと考えたりするときはCENが指令を出しています。CENがトップダウン型で注意を向けるように指示を出しており、注意の矛先は外側の対象だったり、脳内の記憶だったりするわけです。

佐宗 注意をどこに向けるかという指示を、トップダウンで出しているのがCENなんですね。

青砥 他方で、DMNは内側の反応性からスタートしていくのが基本です。DMNは意識的にも使えるネットワークですが、意識していなくてもボトムアップ型で起動します。ぼーっとしているときに脳の回路が立ち上がって、勝手に思考が進んでいくようなイメージですね。

佐宗 いわゆるボーッとした状態、マインド・ワンダリング(心が彷徨っている状態)ですね。散歩したりするときに出てきやすいと言われていますよね。

青砥 はい、ただし、DMNは意識的にも使えるという点には注意が必要です。CENが「このあたりの記憶を探ってください」という指令を出すと、そのあとに記憶を探ったり考えを巡らせたりするのにDMNが使われるんです。これはトップダウン型注意の1つパターンですね。

佐宗 しかし、それだけでは限界があるわけですね。

青砥 そのとおりです。CENによるトップダウン型の指示は、その人が考え得る範囲にしか及ばないことがほとんどですから、新しい発想には結びつきづらい。だからこそ、DMNを無意識的に誘導し、トップダウンのガイダンスなしに脳が考えている状態をつくることにもやはり意味があるのです。
ただ、DMNによるボトムアップ型の思考は、ランダムにいろいろなところを探ってくれる可能性はありますが、意識的にアクセスしづらいという難点もあります。CENのよさは、自分で意図的にほかのことを考えてみようと指示を出せることです。

佐宗 これは実務家として非常によくわかります。何かプロジェクトに取り組む際には、いったん1つのテーマについて考えて、自分なりの「問い」を言語化しておくと、ふとした瞬間にアイデアが降りてきやすくなります。また、複数のテーマを同時に考えたりしていると、それらが相互に結びついて、偶然の化学反応が生まれたりすることがあります。これらもまた、トップダウン型とボトムアップ型の両方を脳がうまく使い分けているのでしょうね。

(第2回に続く)