上海を踏み台に
バンコクで成功を収める

上海経験を経て、アジアを視察した見崎さんはバンコク出店を選択した Photo by K.H.

“上海脱出組”は、タイの首都バンコクにも根を下ろしている。2016年7月に開店した「鮨みさき」のオーナーシェフ見崎昌宏さん(42歳)は、17歳で懐石料理の世界に入り、「鮨とかみ」(東京・銀座)で江戸前寿司職人としての修業を積んだ。その後、縁あって上海の地を踏む。

 上海ではバブル経済絶頂期の2000年代後半から、本格的な江戸前寿司が姿を見せるようになっていた。見崎さんが上海で籍を置いたのは、2008年にオープンした江戸前寿司の高級店「寿司前川」だった。

 2012年9月、ようやく現地の生活にも慣れてきた見崎さんに激震が走る。反日デモだ。見崎さんはデモ隊の打撃を受ける多くの日本料理店を目の当たりにした。日本料理と名の付く飲食店は客離れが進み、軒並み値段を下げ「飲み放題」にすることで延命を試みた厳しい時代だった。しかし、「寿司前川」は「逆境こそがチャンス、我々は値段を下げない」と強気に出た。反日機運が蔓延していたとはいえ、市場にはそれだけ強い寿司需要があったのだ。この「寿司前川」での経験は、見崎さんにとって多くのビジネスを学ぶ場でもあった。

「上海は“チャンスの宝庫”だとよくいわれますが、市場はあっても事業の維持が至難だということを痛感しました。寿司職人がいなくては回らない現場ですが、いくら日本から呼び寄せても、長続きせずに帰国してしまう。人探しに骨を折る経営側の苦労をつぶさに知りました」

 中国人従業員にも手を焼いた。賃上げ要求に応えなければ、彼らは徒党を組んでボイコットに出た。同店は席数も多かったので、スタッフが出勤しないと、たちどころに店舗運営は麻痺する。

 こうした経験がバンコクで生きる。初出店は2016年。見崎さんはバンコクであえて「10席」の店をしつらえた。「仮にスタッフが来なくなっても6人までならひとりで相手ができ、クオリティーもコントロールしやすい」からだという。

 従業員の雇用も長期目線で考えた。考えた挙句に行き着いたのは「職住接近」だった。

「現在、バンコクで3店舗を経営していますが、いずれも従業員は『店まで歩いて3分』を条件に雇用しています。事故の心配もないし、疲れてもすぐに家に帰ることができます。雇う側も雇われる側にとっても、これが長く続くスタイルなのです」