プロテスタントはビジネス書の読者に似ている?

 キリスト教では、死後いったん仮の場所(仮の天国、煉獄〈カトリックのみ〉、地獄)で待機した後、千年王国を経て、神の教えに従って生きてきたかどうか最後の審判が行われ、天国か地獄へ行くことになっています。

 マタイの福音書第二五章には、「(悪いことをした)者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかる」とあります。この天国と地獄を分ける思想は古代ペルシャで隆盛をみたゾロアスター教に由来するといわれます。

 ローマ教皇の依頼を受けたミケランジェロは、バチカンのシスティーナ礼拝堂にある『最後の審判』にて、死後天国と地獄へ分かれる審判を受ける様子を描きました。イエスが審判をしており、左側が天国に昇天する人々、右側が地獄へ落ちる人々です。

 これがキリスト教の死生観の基本なのですが、プロテスタントのカルヴァン派には「予定説」というものがあります。簡単に言えば「あなたが天国に行くかどうかは神によって定められている」というものです。

 最初から「最後の審判」の結果は決まっていて、天国に行くか地獄に行くかは、生まれつき決まっているけれど、あなたには知らされていない。しかし、「自分は天国に行くんだ」という前提で、それに値するような禁欲的できちんとした人生を送りなさい……。

 最初から決まっているなら「大丈夫、天国へ行けるし」とだらだら暮らしても、「どうせ地獄だ」とヤケになって好き放題やっても良さそうなものですが、「天国行きという前提で頑張りなさい」というのが予定説なのです。私なりに解釈すれば、これは上司が部下を励ます感じに似ています。

 「君には実力があるはずだし、絶対うまくいくと信じている。だから頑張れよ!」

 いわば「やればできる子」という太鼓判を押すのです。すると部下はやる気を出して努力し、実際に成果を上げる……。

 カルヴァン派には、また「天職」という概念があります。天に与えられた自分の本当の役割があって、それをまっとうしなさいということです。英語で天職は「Calling(神の宣告)」ですし、才能は「Gift(神の贈り物)」。余談ですが同じ才能でも「Talent」は職業的技術的に優れた能力で、「Gift」は天才的な能力とされています。

 自分には天職がある。だからうまくいくと信じて頑張ろう……。これは何やら、ビジネス書や自己啓発書にあるポジティブ思考に似ています。ビジネスパーソンなら一冊は読んだことがあるであろうこれらのジャンルのルーツはアメリカですし、アメリカで一流といわれるビジネスパーソンは、日本人以上にハードワーカーという人が珍しくありません。

 プロテスタントの考えをもとに経済発展した国々の死生観と、現代のビジネス書がつながっているというのは、なかなか興味深い推論ではないでしょうか。