英ビクトリアは、120年以上の歴史を持つ王室御用達のカーペット製造会社である。ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式の際に敷かれたレッドカーペットも同社が手掛けたものだ。
このビクトリアが昨年社債を市場で発行して資金調達を行おうとした。しかし市場の機関投資家たちは、同社のあまり芳しくない財務内容に比して発行希望金利が低過ぎると敬遠した。結局、同社は社債の発行計画を撤回せざるを得なくなった。
ところが、今夏は市場環境が劇的に変わって、ビクトリアは3.3億ポンドの社債を発行することができた。5.25%という発行金利が投資家たちに好感されたためだ。実際の応札額は10億ポンドを上回っていたという(英紙「フィナンシャル・タイムズ」)。なぜ去年と違って人気が急に高まったのか?
2018年に世界で政策金利を引き下げた中央銀行はわずか3カ国しかなかった。ところが今年は、世界経済の失速懸念を背景に8月時点で30を超える中銀が利下げを実施している。
しかも、多くの先進国でこの10年ほどインフレ率はさほど上昇してこなかったため、物価を押し上げようと低金利政策を継続していた中銀は、その低位置から利上げを始めることになった。欧州中央銀行(ECB)をはじめ、そうした流れに追随する動きは9月以降さらに増えそうである。
こうした中銀の政策金利の方向性に釣られ、多くの先進国で国債や社債の金利はかつてない水準に低下。年金基金や保険会社、投資信託、銀行など多くの機関投資家は、信用度が高い安全な債券を購入しても十分なリターンを得られない事態(マイナス金利も多い)に直面している。
このため、金利が相対的に高いミドルリスクやハイリスクの債券は魅力的になり、昨年と異なって前述のような企業の社債が飛ぶように売れているのである。
しかしながら、こうした環境下で世界の投資家がサーチ・フォー・イールド(少しでも高い利回りを求める行動)をより強めていくと、さまざまなリスクが世界経済に蓄積されていくことになる。
しかも世界的な超低金利の長期化は、低収益企業の存続を容易にする。日本がすでにこの数十年経験してきたように、それは経済の新陳代謝を弱め、低成長の時代を長くする恐れがある。
国際決済銀行(BIS)のクラウディオ・ボリオ金融経済局長も最近のインタビューで、中銀が金融緩和を長期化させると「多くの副作用を発生させる」と警告している。「ゾンビ企業は他の企業がより生産的に用いるはずの資源を吸収してしまう」。しかも「グローバル化とデジタル技術が構造的に物価を上昇しにくくしている」状況において、中銀が無理にインフレを押し上げようと超低金利政策を推し進めると、物価はあまり上がらないのに市中で信用が拡大する。それは景気後退期にショックを起こすなど、経済の変動を不必要に高めてしまう可能性がある。
しかし残念ながら、米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長やECBのマリオ・ドラギ総裁、日本銀行の黒田東彦総裁にそうした視点はあまりない。持続可能な経済成長を目指すには、中銀が「ビジネスサイクルの本質が変化した」ことを認識し、バランスをより重視した政策を採用すべきだと、ボリオ氏は主張している。
(東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)