でもK君親子と同じ状況に置かれている親と子は、市内に他にもいるはずだ。市議会議員として質問すれば、人数や世帯数についての回答が得られるかもしれない。それに、X市よりも就学援助の対象所得の上限が高く設定されている自治体は、Y市以外にもあるだろう。その自治体が情報をウェブで公開していれば、ネット検索で簡単に調べられる。

議会で対峙した役所の管理職
実は同じ「思い」を持っていた

 H氏は、満を持して議会質問に臨んだ。まずK君のエピソードを紹介し、続いて、市内に住む子どものいる世帯のうち、子どもに同じ諦めやガマンを強いているかもしれない世帯の数を述べた。さらに、X市よりも就学援助の対象所得が高い他の自治体を5つ挙げ、就学援助を活用して部活や習い事に取り組んでいる子どもと親の声を紹介した。5つの自治体の中には、X市よりも財政事情の厳しい自治体もあった。そして最後に、決め台詞を述べた。

「わが市も、子どもの貧困解消に取り組んでいるはずではありませんでしたか。全町内会に、子ども食堂を設置するように呼びかけたばかりではありませんでしたか。それなのに、子どもが部活の楽器を買えない、サッカーのユニフォームを買えない状況を、放置するんですか。就学援助は、わが市で独自に基準を決められるはずではありませんか」

 答弁に立ち、モニョモニョしながら「……検討します」と答えたのは、職場でH氏に「なんとかなりませんか」と言われて「わが市は、わが市」と答えた担当管理職・M氏だった。M氏は、なぜかニンマリしていた。それは、イニシャルが『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造と同じだからではない。M氏は内心、自分の勤務するX市の就学援助の対象所得の低さを「どげんかせんといかん」と思っていたからだ。職場にやってきて熱く語るH氏に、わざと少し冷たく「生活保護より豊か」「公平性」「わが市は、わが市」と繰り返した成果があった……。

 議員のH氏が行った質問は、「倍返し」以上の結果となった。まず、X市の就学援助の基準は引き上げられることとなり、K君親子も就学援助が利用できることになった。夢が叶いそうになったK君は、少し冷静になった。今は、就学援助がなくなる高校以降や大人になった後のことを考え、長く無理なく練習環境の問題に左右されずに楽しめる楽器を、選ぼうとしている。