ハブと人間の攻防に巻き込まれ絶滅の危機に

――それにしても、いくらハブ退治目的とはいえ、ヤンバルクイナを襲ってしまうようなマングースをなぜ放してしまったのでしょう?

 これは、沖縄の人のためによかれと思ってやったことなんです。ハブというのは毒蛇としてはかなり大きく、全長2mを超えます。そのため毒の量も多く、人間が咬まれて死に至るケースもあるんです。なので、江戸時代からハブの駆除は奨励されていたんですよ。

 そんなハブを駆除するため、当時の最新の知見をもとに、1910年にインドからフイリマングースを導入したんです。マングースはヘビを食べることが知られていたため、沖縄島でもハブを食べてくれるんじゃないかと期待されたわけですね。

 その後、戦争やアメリカによる占領があり、沖縄島の生物調査はほとんど行われませんでしたが、1980年代になると、フイリマングースはハブを食べることはほとんどなく、より食べやすい鳥やトカゲ、カエルなどを食べていることがわかってきました。そもそもフイリマングースは昼行性、ハブは夜行性なので、遭遇することも稀なはず。つまり、導入は完全な失敗に終わったわけです。

――天敵でハブを減らせるだろうという狙いは、残念ながら外れてしまったんですね。

 でも、このフイリマングースの導入は決して素人の思いつきではなく、東京帝国大学の動物学教授であり、今でいう天然記念物の制定にも関わった渡瀬庄三郎先生により行われたことなんです。つまり、専門家中の専門家ですよね。

――専門家による判断だったとは! 野生動物の保護がいかに難しいかがわかります……。

 19世紀の終わり頃には、生物をもって生物を制する「生物的防除」という手法が注目されていたんです。薬品などをまく「化学的防除」のように毒性がありませんし、効果にも持続性があることから、世界各地で生物的防除が行われていました。フイリマングースも、そうした事例を踏まえての導入だったわけです。

 だから、この導入の失敗も「時代の違い」によるもので、今の結果だけを見て渡瀬先生を非難するのは浅はかだと思います。同様に、今の価値観をベースに、ドードーを狩ったポルトガル人を責めることも無意味ですよね。

 また、ヤンバルクイナが減少したのは、一概にマングースが原因とも言い切れません。山原の森では野生化したイエネコも増えていて、マングースよりもヤンバルクイナを襲っている可能性があるんです。ネコは優秀なハンターですから、島の飛べない鳥にとっては死神のような存在になることがあります。

「かわいそうだから救おう」と感情論で語るものではない

――現在は、ヤンバルクイナの数は回復してきているんですよね?

 そうなんです。沖縄県は、2000年から罠を用いてマングースとネコの駆除を行っています。また、沖縄島最北端の国頭村では、ネコを飼う場合にマイクロチップを埋め込むことを指示する条例もあるんです。その結果、少しずつマングースとネコの数は減ってきています。

 ヤンバルクイナは、1985年の発見当時は推定個体数約1800羽だったのが、2006年には最低となる700羽まで減っていたんです。でも、2014年の調査では1500羽程度まで回復していることがわかりました。

――もともと数がすごく少ない鳥なんですね。

 そうですね。ちなみに、ほかにも鹿児島県の奄美大島にもフイリマングースは導入されていて、アマミノクロウサギなどを捕食していましたが、沖縄島と同様に駆除が進められています。

 これらは、人間が野生動物を積極的に保護することで、絶滅から救えることもある、という例ですね。とはいえ、これはマングースやネコを殺した結果でもあります。つまり、絶滅というものは「かわいそうだから救おう」と感情論で語るものではない、ということです。ヤンバルクイナを絶滅から救うために殺されるネコやマングースはなぜかわいそうじゃないのか、という話になりますからね。

――絶滅は感情論で語るものではない。とても勉強になります。ともあれヤンバルクイナは絶滅を免れそうで、安心しました。

 いえ、それがそうとも言い切れません。2014年には47羽ものヤンバルクイナが交通事故の被害に遭っています。そのうち43羽が死亡していますから、まだまだ予断を許さない状況だと言っていいでしょう。ちなみに、2014年の沖縄県全体の交通事故死亡者数は36人なので、ヤンバルクイナの事故率は異常です。

――現代ならではの問題が新たに起きているというわけなんですね。このまま順調に個体数が戻るといいのですが……。

 ドードーとヤンバルクイナという「飛べない鳥たち」のお話、とても興味深かったです! 他にも、本の中には飛べない鳥たちが登場していますね。絶滅してしまったジャイアントモアやディアトリマ、生きのびたダチョウやキーウィ……。それぞれ環境に適応してかなり違った生活を送っていて興味深いです。

 こうして同じような特徴を持つ生きものを比べながら読んでみるのも、楽しみ方のひとつかもしれません。今日は貴重なお話をありがとうございました!

わけあって飛べなくなりました! 希少なヤンバルクイナを守れるか?続 わけあって絶滅しました。』 ダイヤモンド社 刊