新発見や大発見は、まだまだ道端に転がっている

――今泉先生は、現在は動物学者として、どんな研究や調査をなさっているのですか?

今泉 今は月に一度、奥多摩で「森の教室」というのをやってます。自然や動物に関心のある人たちを集めて、山の中を歩きながら動物の糞とか足跡の見分け方を教えてるんです。あとは個人的に富士山麓に生息している動物を調査して、動物の位置情報マップを作っていますね。

カワウソを探して半年張り込み! 今泉忠明はいつも山で何をしているのか?調査開始! 森へ入っていく

金井 その「森の教室」に参加されている方は、どんなことをやってらっしゃるんですか?

今泉 ん~みんなバラバラですねぇ。これをやりましょうとか一切決めてないんです。僕は質問されたら答えるけど、あとは山の中でそれぞれ好きなことをやってもらうだけ。

金井 じゃあ、いわゆる座学の教室みたいに、一斉に同じことを学ぶわけではないんですね。

今泉 そう、自由。自分で野鳥図鑑作ってる人とか、剥製を作る人もいるし。あと「オトシブミ」の研究にはまってる女性もいるな。

金井 オトシブミ?

今泉 そういう名前の甲虫がいるんですよ。奥多摩の山を歩いてるとね、道の上に葉巻みたいに細長く巻かれた葉が点々と落ちてるんです。それを開くと、中に卵が1個入ってる。

金井 それがオトシブミの卵?

今泉 そう。つまりオトシブミは、卵を産み付けた葉を切り取って、くるくると巻いてから地面に落としているんです。こうやって敵から卵を隠してるのと、卵がかえった後は包んだ葉が幼虫の食べ物にもなる。

金井 なるほどー、面白いですね!

今泉 うん、それで森の教室に参加している彼女もはまったんだろうね。「どんな虫が出てくるんだろう」なんて言って、卵を自宅に持ち帰って自力で孵化までさせちゃった。

金井 行動力がやばい(笑)。

今泉 「脱脂綿で葉を濡らしてあげるといいですよ」なんて、僕のほうが教わったりもする。あとね、オトシブミが卵を作るのが初夏なんだけど、卵がかえって成虫になった後、冬の間どこで何をしてるか図鑑にも載ってないんですよ。だから「これがわかったら大発見だ!」なんていう話をして、皆で酒を飲みながらワイワイと盛り上がってます(笑)。

カワウソを探して半年張り込み! 今泉忠明はいつも山で何をしているのか?オトシブミ Photo:Adobe Stock

金井 図鑑を見ると、例えば奥多摩の動物や昆虫のことなんて、もう調べ尽くされているように見えますけど、意外にそんなことはないんですね。

今泉 そう。新発見や大発見は、まだまだ道端に転がってるんです。

山や森に一歩入れば、全員平等。ただの動物に戻る

――図鑑の監修に、奥多摩・富士の調査と、目まぐるしい毎日をお過ごしですが、今後についてはどんな計画や目標をお持ちですか?

今泉 そうですね、やっぱり僕が今「森の学校」で教えていることを、今度は彼・彼女らが子どもたちに教えてくれるようになったらいいなと思います。皆がもっと自然のことを理解すれば、もっといい世の中になる気がしています。

金井 そういうインタープリター(自然解説員)が、まだまだ日本には少ないのでしょうか。

今泉 うん。一部には、「研究で給料をもらってないのはただの素人だ」と言う人もいますけど、僕は絶対違うと思うわけ。やはり自然や動物が好きであること、詳しいこと、そして調査や観察を継続できること。それがプロだと思います。だがら僕は頑張って歯向かってる(笑)。

金井 以前、今泉先生とお話しさせていただいたときに「海外のインスタグラムを見ると親が子どもを連れて山で遊んでいる写真がたくさんある」と仰っていたのが印象的でした。欧米では、親子で山に親しむことは割と一般的なのでしょうか?

今泉 そうなんだよ、僕とまるっきり同じことやってる。白い画用紙の上に動物のうんちを並べて喜んでたり(笑)。あと、子どもと一緒に動物の足跡を探してみたりね。単にキャンプして、酒飲んで肉食ってとかじゃないんです。

 今、そういう自然の営みを教えられる大人って、すごく少ないでしょう? だから、子どもたちにもっと山に来てもらいたいけど、そのためにはまず自然の楽しみ方を教えられる親を育てないといけないなっていう感じですよね。親が「山とか森って楽しいぞ」とわかれば、子どもも連れていくじゃないですか。

金井 今泉先生ご自身は、山や森のどんなところに魅力を感じているのですか?

今泉 差別がないところ。山や森に一歩入れば、全員平等なんだよね。ただの動物に戻るというか。だから楽しいのかなと思って。都市にいるときとは、時間の過ごし方が違います。あと、山を歩くだけなら一切お金がかかりません(笑)。

金井 先生のように動物学者になるわけじゃなくても、もう少し自然や動物のことを知っておくと、人生を楽しむ選択肢が広がりそうですよね。

今泉 そうだね。その入り口として『わけあって絶滅しました。』や『ざんねんないきもの事典』は良かったと思ってる。本を読んで「動物面白い!」と思えば、今度は実際に見たり触ったりしたくなるじゃない。そういう体験を重ねることで、日本全体のレベルが少しずつ上がっていくと思うんですよ。

金井 なるほど。今泉先生が研究活動と並行して、図鑑の監修や執筆をされているのも、もっと自然教育の裾野を広げたいという思いがあったからなんですね。

今泉 うん。最先端の研究もいいけど、同時にベースを上げることも大切。そうすると、もっと皆が気軽に自然を楽しめるようになるかなと思ってるんですけど。甘いかな?(笑)