洗剤はなぜ必需品といえるのか

 そもそも、ヒトはなぜものを買うのか?

 それは、欲求を満たすためである。

 では、その欲求とは何か?

 欲求といえば、米国の心理学者、A・マズロー博士は人間の欲求を5段階に分けたことで有名だ。まずは食欲などの生きていくための生理的欲求に始まり、身の安全、社会的組織への所属、他人から認められること、そして自己実現へと高まっていく。いわゆるマズローの欲求階層説である。

自己実現欲求:自己成長、創造的活動、目標達成といった欲求
承認欲求:他者から認められ、尊敬されたいという欲求
社会的欲求:集団への所属、仲間から愛情を得たいという欲求
安全欲求:安全・安心な生活への欲求。住居や、災害・暴力からの逃避に関係
生理的欲求:生命維持に必要な欲求。食物、排泄、睡眠などに関係

 あらゆる商品は、この5段階の欲求のどれかを満たすものとしてパターン化することができる。たとえば、「米」は主に生理的欲求を満たしてくれるし、「外国パック旅行費」は主に自己実現欲求を満たしてくれると言えるだろう。

 今回紹介する研究では、まずこのパターンを解析している[2]。その結果は、ヒトが「ものが欲しい」と思うときに、その基盤となる欲求は、5段階からさらに「2つ」に要約できることを示している。

 それは、
●「生理的欲求」、「安全欲求」で構成されるもの
●「社会的欲求」、「承認欲求」、「自己実現欲求」で構成されるもの
である。

 この研究では、これらの2つをそれぞれ、
不快を回避したいという欲求(不快回避欲求):「生理的欲求」、「安全欲求」からなる
快楽を追求したという欲求(快楽追求欲求):「社会的欲求」、「承認欲求」、「自己実現欲求」からなる
と名付けた。

 このことは、消費者があらゆる商品に対して、その商品が「不快回避欲求」と「快楽追求欲求」をそれぞれどの程度満たすことができるか、脳の別回路で計算していることを示している。

 実際に、脳・神経科学の研究を参考にすると、不快回避欲求と快楽追求欲求はそれぞれ以下の脳部位で処理されていることが示唆されている。

●不快回避欲求を処理する脳部位:視床下部扁桃体が挙げられる。視床下部は、エネルギーバランス、飢餓抑制、食物渇望を処理する部位 [3]。扁桃体は危険を回避する部位 [4]
●快楽追求欲求を処理する脳部位:腹側線条体が挙げられる。社会的賞賛などを処理する部位[5]

 そして、この研究の結論はこうである。

 ヒトは、ある商品が必需品なのか贅沢品なのか、それが
●その2つの欲求をどれだけ満たすか
●そして、その2つの欲求のバランスがどうなのか
によって判断している。

 日常的な例を挙げてみよう。

●消費者が洗剤を見たときには、洗剤を購入することで汚れ・匂いから解放されたいという不快回避欲求を満たすことを期待し、その結果として洗剤を生活必需品と判断する。
●一方、高級車を見たときには、高級車を購入することで、所有することへの憧れなどといった快楽追求欲求を満たすことを期待し、その結果高級車を贅沢品と判断する。

 つまり、「不快回避欲求」の充満に偏っているものは必需品であり、「快楽追求欲求」の充満に偏っているものは「贅沢品」だ。もちろん、両方の欲求を高く満たすものであれば、当然必需品とも贅沢品とも判断し難い。

[2] 横山諒一, 野澤孝之, 野内類, 杉浦元亮, 川島隆太, “必需品/贅沢品の認知と欲求構造の関係性についての心理研究”, Human Science & Technology.  10(2012): 58-61.
[3] Neary, Nicola Marguerite, Anthony Peter Goldstone, and Stephen Robert Bloom. "Appetite regulation: from the gut to the hypothalamus." Clinical endocrinology 60.2(2004): 153-160.
[4] Feinstein, Justin S., et al. "The human amygdala and the induction and experience of fear." Current biology 21.1(2011): 34-38.
[5] Izuma, Keise. "The social neuroscience of reputation." Neuroscience research. 72.4(2012): 283-288.