認知症に疾病予防の考え方を
当てはめることの問題点

 果たして、この根拠と新定義が妥当なのだろうか。1次、2次、3次の認知症予防の3段階論は、よく知られている「疾病予防の3段階」論に基づいて厚労省がこれまでも主張してきた。「疾病予防の3段階」とは、「病気にならないよう気を付ける1次予防」「病気がひどくなる前に見つける2次予防」「かかった病気の悪化を防ぐ3次予防」ということだ。

 この「疾病予防」を「認知症予防」にそのまま置き換えたわけだ。新定義の「認知症になっても進行を緩やかにする」は、疾病の3次予防に該当するのだろう。だが、「認知症になるのを遅らせる」ことが1次予防に当てはまるのかは疑問だ。「病気ならないように」ということと「遅らせる」では意味が違う。

 そもそも、「予防」という日本語には、「遅らせる」「より悪化させない」という意味はない。広辞苑では「あらかじめ防ぐこと」(第4版)、「悪い事態が起こらないように前もってそれを防ぐこと」(第7版)とある。「悪い事態」を「防ぐ」のであり「遅らせる」のではない。広辞苑と異なる新解釈を唱えた。

 認知症大綱の対象は高齢者である。高齢者が普段使う言葉で示されるべきだろう。広辞苑では、「疾病予防3段階」に言及していない。日常会話で、「予防」と言われれば、火災予防や感染予防、転倒予防など悪い事態を事前に防ぐことだ。「疾病3段階」という学術用語を引き出しの奥から引っ張り出してきて説明するのはいかがなものか。

 さらに踏み込むと、認知症は疾病、病気であるのかという疑問も湧いてくる。脳細胞の機能が弱まることで、記憶が衰え、場所や時間がよく分からなくなったり判断能力が弱まったりするのが認知症。65歳未満の若年者もなるが、20歳代や30歳代ではほとんどない。つまり高齢に伴う心身の変化といえるだろう。老衰の結果である。

 当然と言えば当然。あらゆる生物は、子孫の繁殖活動を終えれば命を閉じる。人間も125歳以上までは命が続かない。年を重ねるごとに、心身の全細胞は徐々にではあるが確実に死に向かう。死への距離の長短は、遺伝子を軸にそれぞれの個体差が大きい。しかし、老化は着実に進み、老衰の過程に入る。自然の摂理である。