11月3日、アイドルグループの嵐がSNSを一斉に解禁し話題になりました。解禁されたSNSの中の1つである「TikTok」について、日本で初めて本格的に解説したのが『TikTok 最強のSNSは中国から生まれる』です。
同書をもとに中国の「今」を象徴するビジネスの話題を紹介する連載の第7回は、アリババとならぶ中国を代表するIT企業であり、TikTokを提供するバイトダンスの最大の障壁ともいえる企業、「テンセント」を紹介します。

テンセント──バイトダンスに立ちふさがるITの巨人

 中国では、Baidu(バイドゥ:百度)、Alibaba(アリババ:阿里巴巴)、Tencent(テンセント:騰訊)をまとめてBAT(バット)と呼び、中国のインターネット業界を代表する3大企業と位置づけています。このうち、TikTokと関連性の高いテンセントとアリババについては、コラムの形でより詳細にお話ししていきましょう。

 テンセントは1998年、「中国のビル・ゲイツ」と呼ばれるポニー・マー(馬化騰)によって設立されました。「最高のプロジェクト・マネージャー」と自称する彼は、寡黙なエンジニア気質の性格が有名です。暇さえあれば自社のプロダクトの改善点を探し、夜中の2時でも末端のエンジニアにメールを送るという逸話があるほど。アリババのジャック・マーが積極的にメディア露出するのに対し、シャイで職人肌のポニー・マーはメディアに出ることを嫌います。

イノベーションよりも改良を重視する「超越式模倣」

 アリババが次々と新規事業を仕掛けるイノベーティブな会社といったイメージを持たれているのに対し、テンセントは“ファーストペンギン”としてゼロから新しいサービスを作り出すことはほとんどありません。

 その背景には、ある領域で流行っているプロダクトやサービスがあったとき、「一番早いものよりも、一番ユーザーを満足させたものが優れている」というポニー・マーの信念があるからです。先駆者を徹底研究し、改良したプロダクトを後から出す。そしてそれを圧倒的な資本力と広告力によって押し出し、先行者を超えていく、というのがテンセントの常套手段なのです。こうしたスタイルを自ら「超越式模倣」と呼んでいます。

 数年前、ポニー・マーが香港大学で講演をした際、「ポニーさんはいつもシリコンバレーの模倣ばかりしていませんか?」との質問を受けました。それに対し、「インターネット業界は模倣されてなんぼ。我々も早くシリコンバレーに模倣される立場になりたい」と回答していたのが印象的でした。

転機となったコミュニケーションツール「QQ」

 下請けのソフトウェア開発会社としてスタートしたテンセントにとって転機となったのが、PC用コミュニケーションツール「QQ」の開発でした。イメージとしてはSkypeやMSNメッセンジャーに近い、PC用のメッセンジャーサービスです。

 当時、類似のサービスはすでに複数存在していましたが、QQは多くのユーザーを獲得することに成功します。総ユーザーは9億人、アクティブユーザー数は4億人にも及びました。

 QQの最盛期はわたしが中高生だった2006年頃でした。そのころに中国人と知り合って聞かれるのは、電話番号ではなく決まってQQの番号だったことを覚えています(QQのIDも番号制でした)。なにかしらのアンケートに回答する際もQQの番号を必ず聞かれるほど、中国全土に、そして世界に散らばる華僑に広がったサービスでした。

赤いマフラーをまいたペンギンがQQのマスコットです。(テンセント公式サイトより)

イノベーションのジレンマを超えた「WeChat」

 QQが全土で使われるようになった後に、急激にスマートフォンが普及します。スマホ特化のメッセンジャーを開発することを迫られた際、ポニー・マーがライバルと見定めたのが、他企業のサービスではなく自社の「QQ」でした。

 当時、すでにQQのモバイル版はあり、非常に多くのユーザーもついていました。しかし、QQはあくまでもPC用に開発されたメッセンジャーであり、スマホに最適化されていません。無理やりスマホ向けにアレンジをすると、従来のQQとは大きくコンセプトが変わってしまいます。

 しかし中国のスマホ普及率はどんどん伸びており、いずれインターネットの主力市場はPCからスマホに移るに違いありません。そう判断したテンセントは、主力事業のQQを脇に置いて、スマホに最適化した新たなメッセンジャー「WeChat」の開発に重心を移したのです。

 つまり、誕生して間もないWeChatにとっては、中国1位のシェアを誇る自社商品が一番のライバルだったことになります。

 こうした自社商品の“カニバリゼーション”を超えて新たなサービスを生み出すのは容易いことではありません。しかし結果として、テンセントのスマホ特化のメッセンジャー「WeChat」は、QQを超えて10億人ものユーザーを獲得する、中国で最も広く使われるサービスにまで成長を遂げました。
(面白いことに近年では、10代以下の若者層がQQに回帰するといった現象が起きています。彼らにとって、WeChatは親世代のアプリなのです。その結果、QQは一周回って、多くの若者に支持されるメッセンジャーという地位を手に入れたのです。)

 この事例は、テンセントが得意とするイノベーション──ゼロからまったく新しいものを作るのではなく、(自分たちのアセットの否定も含めて)既存の商品に対して時代に沿った改善をおこない、ユーザーを満足させるプロダクトを創造すること──を見事に象徴していると思います。

3つの軸:「メッセンジャー」「ゲーム」「ペイメント」

 現在、テンセントの大きな収入源になっているのが「ゲーム」です。プラットフォームを持っているのと同時に、自社開発のゲームタイトルも多く保有しています。日本の企業にたとえるなら、DeNAに近いイメージでしょうか。ゲームで稼いだキャッシュを原資に、新たな事業へ投資を繰り返しています。

 2018年に、中国政府は青少年のゲーム依存を問題視し、ゲーム業界に対し大きな規制を実施。それにより、一時テンセントの時価総額が落ち込む事態になりました。

 しかしテンセントには、「メッセンジャー」と「ゲーム」に加え、もう1つの大きな軸があります。「ペイメント」です。もともとペイメント領域はAlipay(アリペイ)を擁するアリババが先行しており、テンセントはかなり出遅れた後発組でした。それでも現在は、シェアをAlipayと分け合うほどに追いついています。

 ここで1つ、Alipayにはないテンセント独特の面白い機能を紹介します。

 それが「红包:ラッキーマネー」です。たとえば、わたしが友人に1元を送金したとします。ただ、その友人は開封するまで、わたしが何元送金したのかわかりません。袋に入ったお年玉に近いイメージでしょうか。中国ではお年玉を含め、結婚式などおめでたい席で、「红包(ホンバオ)」という赤い袋に入れたお金を渡す文化が根付いています。こうした文化背景もあり、「ラッキーマネー」は大ヒットしたのです。

WeChatのラッキーマネー機能。中国人になじみのある「红包」の袋を表示しており、クリックすると設定された金額を受け取ることができます。
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 また、グループチャットにわたしがラッキーマネーを投げ込むと、最初に開けた人がそのお金を手に入れることができるので、争奪戦が起きたりします。友人たちとの待ち合わせに遅刻したときなどに、よく使われる方法です。ちょっとした工夫ではあるのですが、これらの独自の機能開発によって、WeChatPayはシェアを拡大していきました。

 ペイメントの事例からも、顧客の満足度を高めるための細かい設計や工夫を重んじる、ポニー・マーの「超越式模倣」の一端を垣間見ることができます。