緩和ケアの医師が教える、家族にできる、がん患者の苦しい、辛いをやわらげるために今すぐできること廣橋 猛(ひろはし・たけし)
永寿総合病院がん診療支援・緩和ケアセンター長、緩和ケア病棟長
2005年、東海大学医学部卒。三井記念病院内科などで研修後、2009年、緩和ケア医を志し、亀田総合病院疼痛・緩和ケア科、三井記念病院緩和ケア科に勤務。2014年より現職。病棟、在宅と2つの場での緩和医療を実践する「二刀流」の緩和ケア医。「周囲が患者の痛みを理解することで、つらさは緩和できる」が信条。日経メディカルOnlineにて連載中。著書に『どう診る!? がん性疼痛』(メディカ出版)、『素敵なご臨終 後悔しない、大切な人の送りかた』(PHP新書)がある。

廣橋:秒速5センチというのは、結構ゆっくりですよね。
患者さんがさすってもらっていると感じることができるような速度で、直接手でさすってあげるということはどんな状況でもいいことだと思います。
 特に亡くなる間際、ご家族も勢ぞろいしているような状況で、「私たちが話している声は聞こえているんでしょうか?」「何かわかっているんでしょうか?」とご家族から聞かれることがあります。
 そんな時私は、「声は聞こえているし、触ってあげたりするのは間違いなく伝わっていますから、誰かが来たら、〇〇が来てるよ、と声をかけてあげてください。少し呼吸がつらそうだったら、胸や背中をさすってあげてください」と伝えます。そうすることで実際、モニターの波形が穏やかになった患者さんもたくさん見ました。
 本人がどう感じているのか、その時はわかりませんが、医者として常に心がけているのは、患者さんのご家族に「自分たちにもできることがあってよかった」と思ってもらいたい、どんなシビアな状況でも「こういうことができてよかった」という、ささやかなプラスのこと、希望ではないですが何かを作りたいと常々思ってやっています。

後閑:確かに全部こちらにまかせてくださいではなく、ご家族にも手を出してもらって、役割を担ってもらう、ということですね。

どんな状況でも家族にできることがある

廣橋:昨日別の病院のICUのドクターと、「急病で運ばれてきて、もう助からない、手を尽くしたけれど、あと数時間で亡くなってしまうという状況で家族に何ができるか?」という話をしました。
 ICUだと家族には手出しもできないし、その人が何が好きだったかという話をして、音楽が好きだと聞いてもICUではそうは音楽もかけられない。でも、イヤフォンで聞かせてあげるとか、その時にできることが何かはある。
 だから、どんなシビアな状況でもその人に何かプラスになること、こうすれば少しでもラクに感じられるよ、声をかければわかってくれるから、ICUでだってできることはあるからしっかりやれよ、という話をしました。
 彼には目からウロコだったようですが、どんなシビアな場面でもやれることは必ずあります。だからそれを見つけたいと思っています。

後閑:そうですね。家族にもできることが必ず何かある。

廣橋:個々のケースでやりたいことやできることは違いますが、そういったことをぜひ聞いてもらいたいと思っています。
 口が乾いてしまっていてかわいそうということなら口を湿らせてあげる、緩和ケア病棟では多少の飲酒は許可されることもあるのでお酒が好きなら口腔ケアをお酒でしてあげるなど、本人が好きだったものを使ってするケアを心がけています。

後閑:廣橋先生が思う自分の素敵なご臨終はどんなものですか?

廣橋:世の中に必要なことをがんばっているという思いが自分にはあるので、それをやり続けて、自分が亡くなるまで少しでも人の役に立てる人生でありたいです。
 自分が大切にしていることを家族や周りの人がちゃんと理解してくれ、それを支えてもらいたいと思いますね。
 職場の人間はわかってくれていると思いますし、家族はわかってくれているかわかりませんが、自分がどういった人生で何を大切に生きてきたか、それを最後まで貫き通して亡くなり、ああいう亡くなり方はよかった、素敵なご臨終だったと周りにも思ってもらえるようにしたいと思っています。
 まあ、苦しさを取るのは当然ですけれど、自分もプロなので、それなりに周りに指示をすることでしょう。

後閑:最後まで自分の治療の指示は自分で?

廣橋:やっぱり素敵なご臨終の言葉の定義は本の「はじめに」に書いた気もしますが、人生を納得して歩めるようにすること、それをご家族も安心して支えることができるということ、大前提として苦しみが緩和できていること、この3つが必要だと思うんですね。
 苦しみの緩和は当然、医療者の役割でもあると思いますし、患者さんご家族にもできることはありますが、それは学ばないとできないことです。
 自分の納得した人生を歩むということは、自分の人生の生きがいを自分でわかっていることが必要ですが、自分の生きがいに気づけている人はそんなに多くないだろうと思います。自分の人生の終わりを考えると、自分の人生で何が一番大事なことなのかと思うでしょうが、今までの人生で大切にしてきたことや生きがいを最後まで納得して貫き通すことと、それを家族や周りの人がわかってくれているということが必要ですね。