直立二足歩行の利点

 なぜ、直立二足歩行は一回しか進化しなかったのか。その理由を考える前に、直立二足歩行をすると、どんなよいことがあるかを考えてみよう。それには、いろいろな説がある。

 1つ目は、太陽光に当たる面積が少なくなる、という説だ。アフリカのサバンナ(草原)では、強烈な日差しが照りつけてくる。しかし、サバンナには樹木が少ないので、なかなか木陰で休むわけにもいかず、熱射病になる可能性が高い。そのため、直立姿勢をとることによって、太陽光が当たる面積を減らしたというのである。

 たしかに四足歩行をしていれば、背中全体に太陽光が当たってしまう。一方、直立していれば、太陽光が当たるのは頭と肩ぐらいなので、かなり涼しいはずだ。

 2つ目は、頭が地面から離れるので涼しくなる、という説だ。ジャングルの場合は樹木が太陽光を遮ってくれるので、それほど地面は熱くならない。しかし、サバンナの場合は太陽光が直接地面に当たるので、地面も熱くなるし、太陽光の照り返しも強い。そこで、頭部が地面から離れていれば、涼しくなるというのである。

 3つ目は、遠くが見渡せる、という説だ。草原で肉食獣に襲われないためには、少しでも早く肉食獣を見つける必要がある。そのためには、立ち上がった方が遠くまで見えるのでよい、というわけだ。

 4つ目は、大きな脳を下から支えられる、という説だ。私たちヒトの頭部はかなり重く、だいたいボウリングのボールぐらいある。もしも私たちが四足歩行をしていたなら、首の骨で重い頭を横から支えなくてはならない。これは、かなりつらいので、あまり頭を大きくすることはできないだろう。

 一方、直立二足歩行なら、重い頭を真下から支えられるので、楽なうえに姿勢としても安定する。私たちの脳が大きくなれた理由の一つは、直立二足歩行をしていたからだろう。

 5つ目は、エネルギー効率がよい、という説だ。チンパンジーやボノボは一日に3キロメートルぐらいしか歩かないし、ゴリラやオランウータンが歩く距離はもっと少ない。しかし、ヒトは平気で10キロメートル以上歩く。

 ヒトの方が活動的な理由の一つは、同じ距離を歩くために少しのエネルギーしか使わないからだといわれている。チンパンジーとヒトが歩行するときに使うエネルギーを測定した実験も行われているが、やはりヒトの方がエネルギーを使わないようだ。

 6つ目は、両手が空くので武器が使える、という説だ。

 7つ目は、両手が空くので食料を運べる、という説だ。直立二足歩行をすると、両手を歩行以外の用途に使えるようになる。その手で何をしたかで、いくつかの説があるが、有名なものはこの2つである。

 以上の7つの説は、それぞれもっともである。直立二足歩行って、結構よいものみたいだ。でも、それならどうして、直立二足歩行が今まで一度も進化しなかったのだろう。

 考えてみると、1つ目から3つ目の説は、サバンナで直立二足歩行をしたときの利点である。もしも、暑いサバンナで直立二足歩行をすることが有利なら、サバンナで直立二足歩行をする生物がたくさん進化しそうなものだ。

 でも、そんな生物は、これまで一度も進化しなかった。草原で暮らす霊長類(ヒトや類人猿も含めたサルの仲間)にはヒヒやパタスモンキーがいるが、みんな四足歩行をしているのだ。

 また近年では、人類の初期の化石が見つかったために、最初に人類が進化したのは草原ではなく、森林や疎林のような樹木がある環境だったと考えられるようになった。そのため、1つ目~3つ目の説は、人類が直立二足歩行を始めた理由としては、正しくないだろう。4つ目~7つ目の説は、森林や疎林でも成り立つので、その中には正しい説があるかもしれない。

 この中のどれが正しいかを決めるためには、反対に、直立二足歩行の欠点を考える必要がある。直立二足歩行がまったく進化しなかったのは、きっと大きな欠点があるからだ。

 だから、直立二足歩行が進化するためには、その欠点を埋め合わせてお釣りが来るほどよいことが起きなくてはならない。

 それでは、欠点を埋め合わせてお釣りが来る説を決めるために、まずは欠点を考えてみよう。