平均寿命が伸び、60歳定年が崩壊し、70歳まで働く「人生の再設計」を迫られいるいま、働き方の価値観も多様化している。働き方が変われば、求められるリーダー像も時代とともに変貌を遂げる。そこで注目を集めているのが、リーダーに求められる人間的かつ感情的な知性、EI(Emotional Intelligence)だ。

米「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌の編集者によると、EIがはじめて話題を呼んだのは1998年。EQ(こころの知能指数)で有名なダニエル・ゴールマンの論文が発表されると、「新しいリーダー像」として大きな話題を呼んだ。

かつての理想的なリーダー像が「強くて圧倒的」だった時代から、チームの力を最大化する「一緒に働く人の力を引き出させる、誠実で等身大のリーダーシップ」が求められる時代。そこに必要とされるのが、「レジリエンス」だ。

そこでDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー EI〈Emotional Intelligence〉の感情的知性シリーズは、最新刊『レジリエンス』の発売を記念して、同書に日本語版解説を寄せた「弱いロボット」と人間のコミュニケーション研究の第一人者である豊橋技術科学大学の岡田美智男教授と、今年、日本中を熱狂させたラグビー人気の立役者であり、元日本代表キャプテン、そしてドラマ『ノーサイド・ゲーム』の浜畑譲役で話題をさらった廣瀬俊朗氏、ファシリテーターに競争戦略を専門とし数々の名著を有する第一人者、一橋大学の楠木建教授を迎え、異なる三者の視点から、「レジリエンス」について語ってもらった。(写真/斉藤美春)

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弱さを克服しては、いけない理由

ラグビーは不完全からスタートする

楠木 岡田先生はどうですか。わたしは先ほどの「絶対悲観主義」という前提を持つと、ことにおいて緊張するっていうことがないんです。いまもこれ以上ないほどリラックスして話をしています(笑)。なぜ緊張しないかというと、うまくやろうとするから緊張する。もう今日も絶対うまくいかないと思ってます。これね、僕、一つの新しいレジリエンスとして広めたいなと思うんですけどね。ただし難点は、若干悲しい気持ちがするんです。いいことなんかないっていう(笑)。

 誰しもが弱さとか、欠点とか、弱点を持っていると思いますけど、先生はそれをご自身で意識的に克服しようとはお考えにならないんですか?

岡田 僕らの身体ってそもそも不完結だし、しゃべっているときの言葉も、それを繰り出そうとするときにはまだ不完結なんです。皆さんのちょっとした頷きで、「あっ、僕の言葉をちゃんととらえてくれたんだな」となって、僕と皆さんの関係の中で意味が生まれていく。だから、最初からうまくいくわけはないし、たとえば「おはよう」と言ったときに、必ずしも「おはよう」って返ってくるわけじゃない。だから時々へこんだりしますが、「返ってこないこともあるよ、それがコミュニケーションだ」って考えていけば、レジリエントな関係性が生み出されていくかもしれません。

楠木 他者との相互作用の中で自動的に意味が形成されたり、一方だけだと不完全なものが関係性の中で段々と形を成していくんですね。

 ラグビーだとどうでしょうか。ワールドカップでは、国やバックグラウンドの違う人たちが集まって、一つの目的のために向かっていく姿が日本社会、日本人の価値観に大きな影響を与えました。ラグビーは、お互い不完全だから、お互いに補い合っていくという関係性が特に強い競技ではないでしょうか?

弱さを克服しては、いけない理由廣瀬俊朗(ひろせ・としあき)
株式会社HiRAKU 代表取締役s。TBSドラマ日曜劇場「ノーサイド・ゲーム」に浜畑譲役で出演。1981年生まれ、大阪府吹田市出身。5歳からラグビーを始める。大阪府立北野高校、慶應義塾大学理工学部を卒業して、東芝ブレイブルーパスに入団。キャプテンとして日本一を達成した。また、日本代表として28試合に出場。2012-2013の2年間はキャプテンを務めた。ワールドカップ2015イングランド大会では、メンバーとして南アフリカ戦の勝利に貢献。現在は、ラグビーワールドカップ2019のアンバサダーとして、自分自身の社会貢献活動を通じた、スポーツ普及と教育に重点的に取り組んでいる。

廣瀬 それはラグビーの一つの特長だと思います。ラグビーにはポジションが10個ぐらいありまして、僕は30年間ラグビーをやりましたけど、スクラムを組んだことがない。だから僕はスクラム、組めないんですね。走ったり、キックしたり、もしくはディシジョンメイキングみたいなことをする。一方、スクラムを組む人は、バックスほど、パスしたり、キックしたりは得意じゃない傾向にある。お互いに不完結なところを補い合って、成立する競技なんです。ラグビーは助け合って、お互いを尊敬して、それぞれがハッピーになって、いいラグビー、いいチームが生まれる。

楠木 そうすると、そこからの類推ですけれども、完全にソロの競技者、例えば陸上競技の選手やボクサーと比べて、ラグビー選手のほうが人間、一人ひとりの不完全性に対して慣れ親しんでいるから、自然とレジリエンスの理解が深いのかもしれないですね。

廣瀬 自分の体型に応じたポジションがあるっていうのがラグビーなんです。だから「自分が認められている」という、自己肯定感を強く持てるのかもしれません。自分を変えずに、そのままの自分で活躍できるポジションがある。「俺、このままでいいんや」って思いながら、みんなに役立つことができる。

 だから、他者の違いを受け容れやすかったり、人に優しくなれる。経営者にもラグビー経験者がたくさんいますが、他者との違いに寛容で懐が深いという面があるからかもしれません。

楠木 ラグビー選手は競技者を終えた後のセカンドキャリアでも、新しい仕事で成功する方が多いように思います。

廣瀬 そうですね。たとえば、日本人だけではどうしてもローカルな発想にとらわれちゃうところもあると思うんですが、海外の人が来るとすごくイエスとノーがはっきりしている。合宿中も本当に疲れたら帰っちゃう人がいて、「えっ!考えられん」と思うんですが、その人が試合で活躍したりする。そうすると、「こんな発想もあんねんな」と思って、学びになったりする。

岡田 ラグビーって、ボールを相手に委ねるっていう感じがすごくいいなって思うんです。委ねることを前提にして、委ねることを繰り返してゲームが進んでいくというところがすごい。僕らも言葉を話すとき、相手に1回その言葉を委ねているんです。「こんにちは」が返ってくるかは分からないけど、取りあえず相手に委ねてみる。返ってくることによって意味を作り上げていく。

 これは、対話研究の分野ではグラウンディングと言うんですが、そういうことの連続でラグビーというスポーツが成り立っている。委ねるためには、信頼関係が必要ですし、委ねることで関係性が深まる。