今回の決定によって影響が及ぶ高校2年生を子に持つ保護者たちからは、意思決定の遅さが問題視されています。制度の変更を前提に、わが子が2年生のうちから行ってきた準備が台無しになり、2年生の夏を遊んで過ごした同級生たちとスタート地点が同じになるという事態を考えると、このタイミングでの撤回自体が不公平だという事実が、まず存在します。

 ただ、こうした「不公平」は入試に限らずどんな場合でも起こり得るため、いったんスルーします。ここでは、公平な入試の「あるべき姿」について考えたいと思います。

「問題」の要素を分類すると
真に議論すべきことが見えて来る

 文科省が追求する制度改革の趣旨は、これまでのように「知識」「技能」だけでなく、新しい入試において「思考力」「判断力」「表現力」についても評価するというものです。その観点で考えると、記述式の導入は論理的には方向性は正しいわけです。しかし問題は、それを55万人の受験者に共通で受けさせようとする場合、公平な形で導入できるのかということです。

 この問題を要素で分解すると、「同時に」「同じ問題を」「記述式で」「55万人分」「数日間の採点期間で」処理することができるのか、とうことになります。これらの要素が同時に満たされないから、今回撤回になったわけです。

 では、この要素のまとめ方を工夫して、「55万人分、同時に同じ問題を」と「記述式で、数日間の採点期間で」に分け、前者を前提条件に、後者を達成目標に設定して考えてみると、どうでしょうか。「採点者の人数」と「質」の同時確保が問題になることがわかります。

 アルバイト案が却下された今、テストの規模を考えると、国公立の国語と数学の高校教員全員を「文科省の業務」という名目で登用し、共通テストの当日ないしは翌日に採点基準について共通のレクチャーを行ったうえで、プロの教師として採点を委託するくらいの体制が必要になりそうです。

 一方で、現在の学校教員の業務負荷を考えれば、とてもではないが、働き方改革議論を抜きにして、そのような負担を増やすことなどできません。