松嶋:たとえば、いくら判断能力がなくても、いくら本人が話せなくても、認知症がひどくても、家族の言うことを優先するという倫理感は私にはありません。
 僕はバカのひとつ覚えみたいに、ご家族とだけ会うということはしません。ご家族から「家族だけで先生と話がしたい」と言われることがありますが、それは僕の主義ではないというか、「本人がいないところでご家族とだけ会うということはしませんから、あくまで本人を連れてきてください」と言います。
 うちの看護師たちにはそんなことはありませんが、えてして家族主義になると思うんですよ。本人はなんて言っているのか、本人はどう思っているのか、たとえば「本人は話せませんから」と言われることもありますが、それはそうでしょうが、ご家族にこう聞きます。
「もし本人が元気だとしたら、もし本人がここに座っているとしたら、なんて言うと思いますか?」
すると、「うちの親父はきっと『胃ろうはしない』と言うんじゃないかな」と言ったとします。そうしたら、「なるほど、ではなぜそう思うのですか?」と聞くんです。そうすると、「実は昔、こういうことがあって、こうこうこうで、だからきっと親父はやらないって言うと思うんですよね」と。
 たとえば、胃ろうをする、しないという時にやらないとなったら、やらないと思う根拠がいっぱい出てくるものなんです。でも、いつまでたっても推測にすぎません。でも、この推測をみんなでたくさん積み重ねていくことが大切なんです。
 うちの看護師には、「おい、それは本人にとって最善か」「本人の思いはどこにあるんだ」というのをしつこく聞いていますね。

後閑:もっともっとお聞きしたいのですが、最後に先生がどういう思いで町医者をし、これからどういうことをしていきたいのかということをお聞かせください。

松嶋:いろいろな患者さんと出会う中で、決して100人診ているうちの1人という見方ではなく、1分の1でやっていきたいと思っています。
 経営者とかさまざまな切り口で僕は見られていますが、「常にあなたの主治医でありたい」のです。
そのために患者さんやご家族と診察以外で語り合う場として、半年に1回の大々的な交流会「にじいろの輪」、月に1回の「なないろカフェ」というのをかなり意図的に作っています。あとは何かあるごとに、なるべくオフィシャルな文章を書いてみんなに配ったりなどしています。
 そんな時に必ず書いたり言ったりするのは、「新聞に出たり、ラジオに出たり、立派そうなことをたくさんやっていますが、僕は僕だ。だから皆さん、うちの大先生が遠くに行ってしまったと思うかもしれませんが、僕は常にここにいるから」。
 アメリカに行ってみたりするなど、どうしても行動が派手に見える僕ですが、「僕はどんな時でも皆さんが第一だから、どんなに経営者として忙しくしていても、町医者として皆さんのそばにいることを最優先するということを譲りません。だから、忙しそうに見えて、確かに忙しいわけですが、何かあったら言ってください」というメッセージを患者さんたちには事あるごとに出して、「いつでもあなたの役に立つ医者でありたい」と言っていますし、今後ますます患者さんにとって頼りになる医者でありたいと思っています。

医療者も家族も意識してほしいこと
①それは本人にとって最善か?
②次はもう会えないと思って、今日最善を尽くす
③自分の物語を犠牲にすることはないが、徹底的に本人と話し合うこと