シンギュラリティとしての自然選択

 前述の作り話でも、シンギュラリティを考えることができる。シンギュラリティは、いつ起きたのだろうか。農作業をするロボットができた。それから、1体のロボットが、1体の複製を作るようになった。このころまでは、怠け者の男は幸せだった。男がロボットをコントロールできていたからだ。

 ところが、1体のロボットが2体の複製を作るようになって、状況は変わった。2体のロボットのうち、性能のよい方が生き残るようになったので、ロボットの性能が爆発的に向上し始めたのである。そして男には、ロボットをコントロールすることができなくなってしまった。

 つまり、2体の複製を作り始めたときが、シンギュラリティだ。ではなぜ、この時点でシンギュラリティが起きたのだろうか。それは自然選択が働き始めたからである。

 自然選択について、少し説明しておこう。自然選択が働くための条件は、以下の2つである。この2つの条件が揃えば、必ず自然選択が働き始めるのだ。

 (1) 遺伝する変異があること。

 (2) 大人になる数より多くの子どもを産むこと。

 ここで、キリンを例にして考えよう。仮に、首の長いキリンの方が首の短いキリンよりも、たくさんの木の葉を食べられるとする。つまり、首が長い方が生きるために有利だと仮定するわけだ。

 さて、(1)における「変異」は「同じ種の中の違い」という意味なので、この場合は首の長さの違いである。もし、首の長さが遺伝しなければ、首の長さに自然選択は働かないということだ。まあ、それはそうだろう。自然選択が働くためには、首の長さが遺伝することが必要なのだ。

 ただ、首の長さが遺伝するにしても、完全に遺伝することはまずない。首がふつうより1メートル長い親から生まれた子どもの首が、やはり1メートル長かったとしよう。この場合は、遺伝率が100パーセントであるという。しかし、実際の遺伝率は20パーセントとか40パーセントとか、そんな値だ。

 首がふつうより1メートル長い親から生まれた子どもの首は、平均すれば数十センチメートル長いだけだろう。でも、それでよいのだ。

 遺伝率が0パーセントでなければ、たとえ1パーセントであっても、自然選択は働くのである。(2)も、自然選択が働くためには不可欠の条件だが、つい忘れがちだ。前述の作り話も、1体のロボットが1体のロボットを作っているあいだは、自然選択は働かなかった。

 ロボットを2体作るようになって、突然自然選択が働き始めたのである。

 実は自然選択には、有利なロボットを増やす働きはなく、不利なロボットを除く働きしかない。だから、1体のロボットが1体のロボットを作っているあいだは、燃料が足りるので、ロボットはすべて生き残れる。だから、自然選択は働かない。しかし、1体のロボットが2体のロボットを作るようになると、燃料が足りなくなり、除かれるロボットが出てくる。

 だから、自然選択が働き始めたのである(細かいことをいえば、生まれる子どもが平均1人以下でも、自然選択が働く場合がある。それは、たとえば総人口が減っているケースだ。このケースでは、たとえ子どもが1人以下でも、(2)の条件〔大人になる数より多くの子どもを産むこと〕が満たされる場合がある)。