この姿勢で大切なのは、背骨をまっすぐ伸ばして、耳と肩が同じ線の上にあるようにすることだ。そして、肩は緩めて、頭を天井に向かって伸ばすようにする。横隔膜は下腹に向かって押し下げるようにしておく。そうすることで、身体や心のバランスを保てる姿勢ができあがる。最初は呼吸が不自然になってしまうかもしれないが、慣れてくれば自然に深く呼吸できるようになるはずだ。

 手は、中指の第二関節を合わせるように右手の上に左手を置く。両手の親指は軽く1枚の紙を挟むように合わせる。手のひらは、大切なものを持つときのように、楕円形に開く。親指をおへその上において両手を身体の前に置き、両腕は身体から少しはなす。わきの下にある卵を割らないようにするイメージだ。

 身体を前後、左右に傾けないようにして、自分の頭で空(そら)を支えるようにまっすぐ座る。この姿勢は、正しい心の状態を得るための手段ではない。この姿勢をとること自体が修行の目的なのだ。この姿勢を組んだ時点で、心はすでに正しい状態にある。

 それ以外の状態を得ようと思う必要はない。なにかを得ようとすると心が迷走してしまう。

 大切なのは、自身の身体を己のものとして、「今」まさに「ここ」に存在していると認識することだ。身体と心があるべきところにあると、他のすべてのものもあるべきところにあるようになる。

◇呼吸

 坐禅の修行中は、意識を呼吸に集中させる。息を吸うと空気は身体の「中の世界」に入ってくる。息を吐くと空気は身体の「外の世界」に出て行く。私たちは「中の世界」「外の世界」と区別しているが、実際は一つの世界なのである。この世界では、のどは、回転扉のようなものだ。

 呼吸時には、「私」は呼吸することで動く回転扉にすぎない。呼吸の動きだけについていけるように、落ち着いた状態であれば、そこには私も、世界も、心も、身体もない。そこにあるのは、ただ回転扉だけだ。

 私たちは、善があって悪があるといったように、人生を二元的に見てしまいがちだ。しかし、このように区別すること自体が、宇宙が宇宙という存在に気がついているということだ。「あなた」と「私」という存在も、宇宙が「あなた」と「私」という形をとって、宇宙自身に気がついているだけだ。つまり、あなたも私も、回転扉にすぎないのである。