女性議員を過度に
引き立てた安倍首相

 翻って今、安倍政権では「女性の活躍」を華々しくうたい、金看板に掲げている。「安倍ガールズ」と呼ばれる女性議員は、丸川珠代議員を筆頭に何人もいるが、安倍首相は過去の「ガールズ」たちの悲惨な末路を知ってか知らずか、丸川をはじめ、稲田朋美議員、森まさこ議員などを育て、引き立てた。

 実際、彼女たちは、実力をつける機会を得ることができ、実績もそれなりに残したと思うが、逆に履かされた下駄が高すぎて、多くの男性議員の嫉妬を買った。安倍政権の終焉が見えてきた今、ポスト安倍での彼女たちの立ち位置は極めて微妙なところだ。稲田議員に関しては、一部で「派閥移動」の噂も立っている。

 ただ、小沢ガールズの面々、特に三宅議員がたどったほどの悲劇は起きないだろうとは思う。

 私は、三宅議員とは、議員会館内や国会で幾度か挨拶を交わしたことはあるが、特段交流があったわけではない。ただ、エレベーターで同乗した時などに感じたのは、議員在職当時、たびたび騒ぎを起こしてはニュースとなっていた割には、全くオーラがなくおとなしそうな女性に見えることだった。

 後に彼女は、自らがADHDと適応障害を患っていることを明らかにしたが、「なるほど」と、妙に納得したものである。同じ小沢グループに属し、「小沢チルドレン」と呼ばれた議員でも、立ち回りのいい男性議員は、小沢氏の失脚後も永田町で生き残って、今も議員バッジを着けている。しかし彼女は、小沢元幹事長を信じ、落選後も再度立候補の道を模索し続け、挫折を重ねた。それでも政治的な発言を諦めることはなく、最後は「ルポライター」という肩書きで、政治の取材をしていた。

 今さらではあるが、三宅雪子という政治家の政策や信条をきちんと聞いてみたかったと残念に思う。三宅さんが落選後に歩いた道は、むしろ彼女を骨太の政治家に育てる過程だったはずだと思うからだ。そういう意味では、道半ばだった。

 安倍政権の女性議員登用策は、一部の女性議員に恩恵をもたらしただけにすぎず、いまだ女性議員は「お飾り的立場」から抜け出ていない。今後の揺り戻しが懸念されるとともに、女性議員を育成していくという気持ちを、政界も国民も持たなければいけない時がきている。三宅さんの死は、図らずも、私たちにそれを教えてくれたのではないか。合掌。