FacebookやTwitterから、YouTubeにInstagram、そしてTikTokまで–––20世紀とは比べ物にならないほど、多様なメディアが人びとの生活に溶け込んでいます。ますます“メディア戦国時代”の様相を呈している、2020年。どのメディアが廃れ、どのメディアが生き残るのでしょうか。2018年11月に『動画2.0 VISUAL STORYTELLING』(幻冬舎)を刊行した明石ガクトさん(ソーシャルエンタメ動画のコンテンツスタジオ・ワンメディア代表)、2019年10月に『TikTok: 最強のSNSは中国から生まれる』(ダイヤモンド社)を上梓した黄未来さんが対談し、メディアの未来を語ります。
前編では、いまや“表”の存在となりつつあるインターネットに起こっている、揺り戻し現象について語られました。(構成:小池真幸)
日本のテレビ番組に、イケメンや美女ばかり登場するわけ
黄:ガクトさん、本当に髪が長いですね(笑)。いつから伸ばしているんですか?
明石:2015年あたりからかな。髪を切りに行く時間もお金もなかったので、放っておいたんです。すると、髪が長いほうが、みんな真剣に話を聞いてくれると気がついて(笑)。
それ以来、この“教祖様”スタイルですね。これでも、年に一度は散髪しているんですよ。
黄:パーマは天然ですか?
明石:いえ、地毛はストレートです。レッド・ホット・チリ・ペッパーズというロックバンドのギタリスト、ジョン・フルシアンテが好きでして。彼の髪型を意識し、パーマをかけているんです。
黄:たしかに、服装もロックスター感がありますよね。
明石:黒い服しか着ないと決めていますからね。統一感を持った印象を与えたいんです。動画でも個人のキャラクターでも、メッセージが散らかっていると刺さりません。
長髪とヒゲだけでも情報量が多いのに、たとえばさらにピンク色の服を着たりしていたら、わけがわからないですよね?(笑)
黄:カオスですね(笑)。
明石:髪の毛も、人前に出るときは必ず下ろすようにしています。夏とかすごい暑くて、縛りたいなと思うんですけど(笑)。かなり意識的に、パブリックイメージを統一していますね。
黄:見た目で自己表現をするのは、すごくアーティスティックだと思います。人びとの多くは、「イケメンかどうか」といった画一的な判断軸にとらわれてしまっていますからね。日本人は、とくにこの傾向が強い。
中国はもっと自由なんですよ。中国の動画プラットフォームを見ると、「イケメンかどうか」だけではくくれないかたちで、それぞれが自己表現をしています。面白さとか、覚えてもらいやすさとか。
明石:日本人にも、多様な個性を受け入れる土壌はあると思いますよ。べつに、だれもがジャニーズやAKBのような人と付き合ったり、結婚したりするわけじゃないですよね。
本当はそれぞれ好みが違うはず。僕みたいなジャンルの人が好きな女の子だって、中にはいるわけです(笑)。
黄:いますいます(笑)。
明石:ただ、インターネットが普及する前は、多様な好みが表面化しづらかったんです。なぜなら、マスメディアの枠が限られていたから。たとえば、テレビは「24時間×7日間」しか枠がありません。だからこそ最も効率的に視聴率を稼ぐため、「最大多数の最大幸福」を狙って、イケメンや綺麗な人を露出させていたんです。
日本は、キー局の数が少なく、東京でもほとんどの人が7つほどのチャンネルしか見ていません。ケーブルテレビの局がとても多く、1世帯で平均120チャンネルほど契約しているアメリカと比べると、その差は歴然ですね。
2014年6月、新しい動画表現を追求するべくONE MEDIAを創業。独自の動画論をベースにSNSやLINE、OOHなどあらゆるデジタルスクリーンに対応する動画をプロデュース。2018年にNewsPicks Bookから自身初となる著書『動画2.0』を出版。その他、情報番組やバラエティ番組にもコメンテーターとして出演。
雑誌を代替するInstagram、その先を行く中国SNS
明石:一方で、今後は日本でも、どんどん価値観が多様化していくと思います。インターネットが登場してから、個人の趣味趣向の細分化が進んできました。Instagram、TikTok、YouTube…多様なメディアで、さまざまな価値観が共存していく時代に移り変わりつつあると思います。
黄:とくにここ数年、その傾向が加速しているように思えます。スマートフォンが普及したからでしょうか。
明石:その反面、雑誌が売れなくなりましたよね。たとえば、車雑誌。僕はオフロードで乗るような、大きくてタイヤが太い車が好きです。でも本当にほしい情報は、複数人に向けてつくられている雑誌では手に入らない。オフロード専門の雑誌もありますが、自分の持っている車種のカスタマイズ方法までは載っていません。
黄:では、どこから情報を集めているんですか?
明石:Instagramです。その車種のハッシュタグを追って、実際にカスタマイズした写真を発信しているアカウントをフォローしていますね。
黄:雑誌ではカバーしきれない細かな趣味も、SNSならカバーできると。
明石:はい、自分がタイムラインの編集長になって、好みの雑誌をつくっているようなものです。SNSでフォローしているアカウントやハッシュタグって、みんな違うじゃないですか。さらに、AIが好みを見て「これも好きじゃない?」とレコメンドしてくれるので、どんどん趣味が尖っていきます。
黄:たしかにそうですよね。ただ、中国では、さらに一歩進み、マスメディア時代のような状況への揺り戻しが起こっています。
たとえば、ここ3〜4年で急伸した『完美日記(Perfect Diary)』というコスメブランドがあります。外資系ブランドを抑え、中国トップを獲得しました。飛躍できたのは、「中国版Instagram」とも呼ばれるクチコミアプリ『小紅書(RED)』に、初期から多額の投資をしてきたからです。草創期のプラットフォームに投資し、ブランドと一緒に伸ばしていくことで盤石な基盤を築いたんですね。また、中国の美容系インフルエンサーのトップ3人のうち1人は、ロレアルが育てたと言われています。
このような戦い方は、インターネットへの知見があり、投資にまわせる豊富な資金力のある企業じゃないとできません。つまり、SNS上でも強者による総取りの傾向が出てきていて、テレビCM全盛の時代を彷彿とさせるんです。
明石:なるほど。
黄:また、2018年から2019年にかけて、小さなプラットフォームが大手に買収され、みんなが見るSNSが3、4個に収斂しつつあるんです。というのが、中国の状況ですね。
1989年中国・西安市生まれ。6歳で来日。南方商人である父方、教育家系である母方より、 華僑的ビジネス及び華僑的教育の哲学を引き継ぐ。早稲田大学先進理工学部卒業後、2012年に三井物産に入社。国際貿易及び投資管理に6年半従事したのち、2018年秋より上海交通大学MBAに留学。現在は中国を本拠地として、オンラインサロン「中国トレンド情報局」も主宰。
リアルな場こそが、裏アカウントになる
明石:今ではそんな状況ですけど、インターネットはずっと、“表”ではなく“裏”の存在でしたよね。1980年生まれの僕は、インターネットがアングラなものだった時代に大学生活を送りました。「オタク」という言葉が人を貶める意味で使われ、違法なファイル共有ソフトが問題視されていましたからね。
でも、最近はインターネットが“表”の存在となりつつある。可愛いものや綺麗なものをシェアするためにインターネットを使う時代が来るなんて、思いもしませんでした。
黄:かつてのmixiのように、友達どうしで気軽につぶやける場所が減りましたよね。Facebookは仕事仲間が見ているし、Twitterやnoteもフォロワーさんがいる手前、下手なことはつぶやけません。ちょっと「疲れたな」とつぶやける場所が、オンライン上になくなってしまいました。
明石:だからこそ、Twitterの裏アカウントが増えているのでしょうね。でも裏アカウントすら、投稿にいいねがつかないとつらく感じてしまうという話も聞きます(笑)。
黄:めっちゃわかります(笑)。
明石:逆に、昔は“表”の存在だったイベントや飲み会が、“裏”になりつつあるとも思います。クローズドなオンラインサロンが流行っているのも。そうした揺り戻しの現れでしょう。友達どうしで集まって話すことの価値も、昔よりも高まっている感覚があります。
黄:中国はとくにその傾向が強いですね。日本でいうLINEにあたるメッセージングアプリのWeChatは、不適切な発言をするとアカウントが凍結されてしまうんですよ。電話もまったく監視されていないとは言い切れないので、本当にクローズドな話は会って伝えるしかないんです(笑)。
明石:あらゆるやり取りがデジタル化されていくからこそ、現実の空間が、大きな価値を帯びていくのでしょうね。
黄:そう考えると、「揺り戻し」は2020年のキーワードになりそうです。
明石:小さなニューウェーブが、大きく育ったり、もとから大きかった波に飲み込まれたりする。すると、またそれに対する小さなカウンターが出てくる……音楽でも映画でも、揺り戻しの連続です。その波を正しく読むことが大切だと思います。
黄:大きな波に「乗る」のではなく、まだ小さいうちに「張る」のが大事ですよね。たいていの人は波が大きくなってから、ひょいっと乗りたがりますから。
(続く)