23日の未明、冷たい雨と冷たい風の中、浙江省紹興市柯橋区の高速道路の出口で、すでに長時間待機していた警察と医療関係者が、武漢から脱出した学生を満載した湖北省ナンバープレートの寝台バスを包囲した。

 これらの学生は全員、柯橋にあるアパレル専門市場である中国軽紡城に店舗を構える、武漢出身の企業経営者の子どもたちだ。これらの経営者たちは紹興での生活が長く、すでに紹興に住み着いた新紹興人となっている。紹興の教育レベルが武漢より優れていると判断した彼らは、紹興に定住するようになってから、その子どもを紹興に呼び寄せて、紹興で教育を受けさせている。

武漢から脱出せよ!
バスに飛び乗る子どもたち

 学期試験が終わり、冬休みが始まると、子どもたちは祖父母が住む武漢に戻り、親から解放され、故郷での休暇を楽しんでいた。

 1月22日の朝、武漢の民衆の中に、伝染病治療専門家として名高い鐘南山院士が武漢で新型コロナウイルスの発病状態を調査した後、事態が深刻であると判断し、全国への蔓延を抑えるために、最も有効な方法は武漢市の封じ込めだと判断した、という情報が出てきた。しかし、武漢市政府はその都市封鎖措置の影響があまりにも大きすぎると見て、決断を躊躇していた。

 紹興に住む武漢出身の経営者たちは、その内部情報をいち早くキャッチした。もし武漢市が封じられたら、武漢市内に住む人間は外に出られず、外の人も入れなくなる。そうすると、2月10日に学校が始まれば、自分の子は紹興に戻って学校に通うことができなくなる。 優柔不断な武漢市政府とは対照的に、これらの経営者は、どんな対価を払ってでも、子どもたちを23日6時前に武漢から脱出させ、直ちに紹興に戻らせようと即断した。その決断を下したのは22日20時だった。

 交通関係に強い人は、すぐに貸し切り料金を2倍払うという条件で、武漢脱出用の寝台バスを確保した。その3時間後に、緊急に呼び集められた42人の学生を載せたバスは、計画通り武漢を脱出できた。バスに乗り遅れた学生は、すぐにタクシーを拾い、遠く離れた紹興へ直行した。