平氏/揚羽蝶
不死再生、子孫繁栄を象徴する蝶は、平氏一族が家紋として使用したとされる平氏/揚羽蝶 不死再生、子孫繁栄を象徴する蝶は、平氏一族が家紋として使用したとされる 拡大画像表示

■武士が名乗った名字、町民が盛り上げた家紋の文化

「名字」の話が出たところで、お次は「名字」のルーツを探ってみよう。現在の日本では「名字」のことは「姓」や「氏」でも通じるとおり、いずれも同じ意味で使われるが、最初は別々のものだった。

 4世紀ごろ、同族(同じ血族)であることを示す「氏」が使われ始め、飛鳥時代には「安倍氏」「蘇我氏」「大伴氏」などが活躍した。やがて、大和朝廷が政治的な地位や職業をあらわす意味である「姓」(かばね)を氏族に与えた。しかし、朝臣(あそん)などの同じ「かばね」を名乗る者だらけになり、個人の識別が難しくなる。そうした氏族に対し、奈良時代以降は「かばね」とは別に「姓」(せい)が与えられた。「源」「平」「藤原」「橘」の四姓が、その元祖というべきものだ。

 だが、平安時代になると同じ姓を持つ者が増え、政界のほとんどを「藤原」姓が独占。またもや個性の識別が難しくなってしまったことで登場したのが「名字」である。

 名字は住んでいた土地の名前をつけるのが一般的。京都の公家であれば京都の道や路地をそのまま名乗った。たとえば一条通りに面したところに屋敷があれば「一条」。同じく「二条」や「三条」もいた。