第二には、これも緊張から解放されたがゆえだが、ぶらさがりが「取材」であることを忘れがちであること。
記者会見は閉会。近寄ってきた記者が名刺を出して挨拶し、笑顔で雑談を仕向けてくる。そのとき経営者は「ああ、やっと(会見が)終わった。記者さんも笑顔だし、うまくいったはずだ」と胸をなでおろし、自分がまだ取材対象であることを忘れてしまう。記者は違う。雑談を突破口にした取材であり、会見にわざわざ足を運んだ真の目的はむしろこの瞬間にある。
受ける側は「非公式」と思い、仕掛ける側は「公式」だと思っている。というより、記者には元来、公式・非公式の境目がない。オフレコと約束した特殊な場合のみ、やりとりは記事にしない、匿名で引用する、といった配慮がなされるだけだ。
このギャップが、思わぬ失言を生むことになる。
古い話だが2000年、雪印乳業(現・雪印メグミルク)製の低脂肪乳による集団食中毒事件で、同社の石川哲郎社長(当時)が記者会見後、エレベーターに乗り込む際、会見延長を求める記者団に「私は寝てないんだよ」と言い放ち、記者が「こっちだって寝てないですよ!」と言い返す場面が繰り返しオンエアされた。
1万3000人以上が被害を受けた戦後最大級の食中毒事件。世論はこの発言にいきり立った。発言から2日後、石川氏は辞任した。
ここで第三の要因を指摘したい。業界メディアと一般メディアの違いだ。
一般に企業がメディアとの関係構築(メディア・リレーションズ)を始めるとき、その順序は業界専門媒体(業界専門誌など)→産業・経済系媒体(経済・ビジネス誌など)→一般媒体(全国紙、テレビなど)となる。業界専門媒体にとって、取材対象の企業は、同時に重要な広告主でもあることが少なくない。企業・業界をもり立てて広告出稿を受ける、いわば「共存共栄」の関係。そのため、企業不祥事などを本気で追いかけることはほとんどないのが実情だ。
業界最大手・雪印乳業の経営トップには食品や酪農業、飲料など多くの業界専門媒体が、その巨額な広告出稿を目当てに群がっただろう。嫌な質問をしない業界記者から、市民=被害者の代弁者として経営者の責任をとことん追及する事件記者へ。自分を取り巻くメディア環境が一夜にして激変する。多くの経営者はそれについていけない。「私は寝てない」発言は、会見を終えた安堵から、いつもの業界記者向けトークがこぼれ出た面があっただろうと筆者は推測する。