第二次大戦終結後は伴侶シモーヌと共にパリに腰を落ち着け、貧困と病に悩まされつつ『崩壊概論』『苦渋の三段論法』『実存の誘惑』といった著作を発表する。1987年の『告白と呪詛』発売後には秘密裏にノーベル文学賞の打診を受けたが固辞。晩年はアルツハイマー病を発症し、1995年に他界。シモーヌは彼の死後発見された『カイエ』を編集し、1997年、出版社に原稿を渡したのちに水難事故で死去する。
シオランは労働拒否と
怠惰礼賛を一貫して主張
さて、シオランの思想である。正直、本書の項目はどれも興味深いのだが、ここでは彼のニヒリズムがわかりやすい第一部一章「怠惰と疲労」と三章「衰弱と憎悪」を簡単に紹介しよう。
まず「怠惰」。シオランは労働拒否と怠惰礼賛を一貫して主張してきた。彼の言葉を引用してみる。
“一般に人間は労働過剰であって、この上さらに人間であり続けることなど不可能だ。労働、すなわち人間が快楽に変えた呪詛。もっぱら労働への愛のために全力をあげて働き、つまらぬ成果しかもたらさぬ努力に喜びを見出し、絶えざる労苦によってしか自己実現できぬと考える――これは理解に苦しむ言語道断のことだ。”
実際、シオランは一年間だけ高校教師を勤めたことがあるのみで、ほぼ定職には就いていない。執筆活動でさえ億劫で(第一、朝ベッドから起きたくなくて涙が出そうになる)、書いた本も売れないからパートナーに寄生していたも同然だった。
しかし彼は怠惰を「あらゆる美徳より高貴」とまで褒め称える。
“私たちに健全な部分があるとすれば、それはすべて私たちの怠け癖のたまものである。行為に移ることをせず、計画や意図を実行しようとしない無能力のおかげである。〈美徳〉を養ってくれるのは、実現の不可能性、あるいは実現の拒否だ。そして、全力を出し切ろうとする意志こそが、私たちを暴虐へ誘いこみ、錯乱へと駆り立てるのである。”