人生のつらさやむなしさへの
対処が書かれた処方箋に

 ネガティブが凝縮されたような言葉だが、見ようによってはかなりポジティブでもある。つまり、人生に意味はないのだから、生きても死んでも意味はなく、死ぬ理由にならない。目的がないから目的を達成できない苦悩を味わうこともないのだ。

 このように見てくると、シオランは悲観と冷笑をまき散らしながら、実のところ生を楽しんでいるように思えてくる。事実、あれこれ言いつつ84歳まで生きている。著者はそんな彼を、「失敗した、挫折した、中途半端な思想家」で、「だからこそ、彼は素晴らしい」と評する。シオランは自身のペシミズムの実践と追究という点で失敗した。皮肉にも、その思索は呪いに溢れながら、人生のつらさやむなしさへの対処が書かれた処方箋ともなっているのだ。綺麗事は微塵もない。だから我々一般人でも親しみやすく、不思議な活力が湧いてくる。

 著者は1987年生まれのルーマニア思想史研究者で、大学時代にシオランの本と出会い虜になり、彼の故国ルーマニアに留学してしまうほど影響を受けたそうだ。学生の頃も今も非常に鬱々とした人間だと綴っているが、本書の書きぶりは軽妙かつ丁寧で、とても気配りが利いているのが心地良い。

 断っておくと、本書はオプティミズムを否定するものではない。常に前向きで楽天的に生きられたらどんなに幸せなことか。もがけばもがくほど沈むような底なしの悲観にとらわれたとき、本書は一縷の光となること請け合いである。とりわけ、どんなに楽観視できるファクトを積まれても前途に絶望してしまう人には、必携だ。

(HONZ 西野智紀)