多くの変数・制約によって定まるIPOの諸条件
小林:上場後の流動性の観点からも、オファリング・レシオに頭を悩ます方は多いと思います。IPO直後は注目もされますし、トレーディングも盛り上がるでしょうが、数ヶ月も経つとそうした盛り上がりも収束に向かい、個人投資家の興味が他の銘柄に移るなどして、トレーディングされなくなってしまうことが往々にして起こります。
そうなってしまった時に、いざ流動性を上げようと思っても、インサイダーになっている発行体や創業経営者が任意のタイミングで株を売ったりできるわけではありません。そういう意味でもIPO時にどの程度のオファリング・レシオにするかは重要になります。
村上:IPO準備をしている会社からご相談を受けることも多いのですが、初めてIPOを経験する経営者が頭を悩ます理由の一つがIPOにおける変数の多さです。その一つに公開価格、つまりバリュエーションがあるでしょう。これは資金調達額と希薄化率にダイレクトに影響します。
よくあるケースですが、経営者としてはバリュエーションを上げたいものの、主幹事証券からは「いや、そこまで上げられません」という話を耳にしますよね。経営者は株式を売る側の視点、証券会社は株式を買ってもらう側、つまり投資家の視点がどちらかというと強く出ますから、このような構図になりやすいです。
そうなると、仮に会社が望む資金調達額があったとしても、バリュエーション次第では、望むオファリング・レシオでは希望調達額に届かないということが起きてしまいます。これはつまり、会社にとって、バリュエーションは非常にコントロールしにくいものである一方、会社の成長にとっては直接的かつ非常に影響の大きい資本額、手元現金額に対する変数になってしまっていることを意味します。
他にもIPO時に考慮すべき変数はたくさんあります。例えば、売出比率が低すぎると、既存投資家に収益化する機会を十分に提供することができず、既存投資家に十分に報いることができず、また上場後のオーバーハング懸念を大きくしかねません。より高いバリュエーションは既存株主に対して売却を促す大きなインセンティブになりますから、バリュエーションは売出比率に対する変数でもあるのです。
IPOは他にも多種多様な変数があります。加えて、多様なステークホルダーが関与し、また上場後の新たなステークホルダーも意識しながら進める必要がある、謂わば多変数の複雑方程式です。この方程式の解を会社の持続的成長という目的に沿って解こうとするなら、「経営者の意思」が間違いなく必要になります。
「資金調達額は●億円は必要だ」とか、「流動性はこれぐらい確保する」とか、「機関投資家への配分はこれぐらい確保する」とか、市場環境によって難しい場合もありますが一定の意思を持たないと、期待した解を導くことはできないでしょう。公開価格は主幹事証券の言いなり、売出比率は既存株主の意向だけに沿ったものになってしまうと、犠牲になるのは会社の成長性やそれを支える資本政策ということになってしまうのです。
IPOプロセスの意思決定において、本来のIPOの目的の一つであり、新参者の上場会社にとって最大級のチャンスである「資金調達を得る」ことの重要性が埋没しているケースが少なからず見られるのは、あらためて強調したい点ですね。