長期の自社戦略を踏まえて、主体的にIPOの条件を設定しよう

朝倉:少し視点を変えて、上場後の投資家の視点からも考えてみましょう。上場時に、創業者やVCといった既存株主の売出分があまりにも多いと、「上場ゴールだ」と言われることがよくありますね。

小林:創業者とVCでは少し毛色が異なるでしょうね。VCが上場後の投資家に株式を譲り渡すために流動性を提供するのは、そんなにネガティブなことではないと思います。一方で、創業者が一定程度以上のボリュームを売り出すと、「おや?」っという感覚を抱く投資家もいることでしょうね。最近だと、上場前の事例ですが、WeWorkのアダム・ニューマンのような事例ですね。

朝倉:「これから成長すると言っているのに、売出すのか」と、不安に感じる方が出てくるのは不思議ではありません。

村上:経営株主が保有する株式を売ることに対しては非常に慎重に考えるべきです。VCに関しては、とってきたリスクや資本としての役割が異なるので、IPO時に売却するのは自然なことだと思います。ただ、IPO後の長期保有を目的とした投資家の存在は、市場に対してポジティブなメッセージと捉えられることもあるでしょう。

小林:VCの売出比率が注目されるようになったのは、ラクスル以降だと思うんですが。

朝倉:ラクスルの場合は、純粋なVCの方にはほぼ100%売出して頂いたという経緯があります。

小林:あの成功例以降、制度ロックアップ以外の株主については、大きく株式を放出することで、会社が株主を切り替えるというパターンのIPOスタイルが見られるようになりました。それ以前は、IPO時の売出比率が低く、既存株主のロックアップが解除される条件である「公開価格のの1.5倍以上」になったら売るというパターンが多かったので、オーバーハングに悩まされる会社が多数ありました。そのようなことが解決されるという意味でも、積極的な売出はおかしいことではないと思います。

村上:上場後の投資家の観点を踏まえても、やはり流動性、オファリング・レシオや売出比率をどの水準に設定するべきかは、経営者にとって強く意識すべき論点ですね。制約条件が多い中でも、経営者が会社にとって最善の姿をしっかりと考え、それを証券会社や既存投資家等のステークホルダーと、主体的に交渉していくということが重要だと考えます。「出れるときにIPOしろ」という声もよく上がります。確かに市場リスクを重く見れば正しい主張であるのですが、そのために交渉をなおざりにし、妥協の産物のIPOをしてしまっては本末転倒ということになりかねません。

上場後の流動性比率については、おそらく正解はないでしょうが、自分たちの事業の5年先、10年先を見据えた時に、どの程度の資本力が必要なのか、事業の優劣において資本力の重要性がどの程度あるのか、という視点は特に意識すべきだと思います。継続的に資本的補給がいるような戦略を描いている場合、上場時に流動性を絞ってしまうと、後々になって財務戦略上の制約になってしまう可能性があります。

逆に、自走可能で資金ニーズがあまりない場合には、オファリング・レシオの重要性も低いのでしょう。そういった資本戦略を事業戦略と掛け算しながら広く検討していく視点が必要だと思います。戦略的なCFOが求められるのはこれが期待されているからであり、IPOを財務担当者任せにしてはいけないのものこのためです。これらを考える際に、知識・経験不足で経営側が主体的に条件を決められず、環境ドリブンで流されてしまうとのはもったいないので、IPO前のしっかりした準備が肝要です。

朝倉:適切な水準値に正解はないですが、会社の事情に併せて、主体的に条件を設定していきましょうということですね。

*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)、signifiant style 2019/11/13に掲載した内容です。