「親切」すぎても人を伸ばせない

――リーダーにとって、「『すべきこと』を指図するのではなく、物語を語れ」というのは、実際にはなかなか難しいのではないでしょうか。

林 そうですね。マネージャーは、メンバーよりも大局的に物事を考える時間が多い分、成長途上のメンバーから、自分より洗練された回答を引き出すというのは難しいですよね。

 それでもまかせるというのは、ビルが言う通り、本来マネージャーの仕事というのは「部下をより良い人間にすること」だからではないでしょうか。

 本書の中でベン・ホロウィッツも「ビルに何をしろと指図されたことは一度もない」「むしろ彼はどんどん質問を投げかけて、本当の問題に気づかせてくれた」と言っています。僕自身、すべきことが思い浮かんでもあえてそれを言わず、「どうやったらいいと思う?」「どうしたい?」と尋ねるように心がけています。

 結局のところ、「部下をより良い人間にする」ためには、自律的に課題を解決していく力を身につけてもらう必要があるんだと思います。「自分で何をすべきか決めて行動に移し、やったことを振り返って改善して」というサイクルを回していく必要がある。答えを言うと、それができなくなってしまう。

 マネージャーにとっては、親切に、懇切丁寧に指示をしたなら、最低限必要なアウトプットは得られますから、安心ではあるんですよね。つまり、マネージャーが答えを言ってしまうのは、不安だからなんでしょう。後でメンバーが失敗したりトラブルになったりしたら、「僕は言ったんですけどね」って言えますし(笑)。

 でも、細かく指図をしてその通りにさせても、自分の劣化コピーを生むだけです。本気でそのメンバーの良さを開発してあげるには、その人自身の判断、意思決定、振り返りが重要です。

 だからマネージャーはつねに、メンバーに対する発言がどういうモチベーションで生まれているのか、それを口にする瞬間ごとに自分に問うべきだと思います。

 本書でビルは、「人は物語を理解すれば、それを自分の身に置き換えて考え、何をすべきかを悟る。心から納得させるんだ」と言っていました。

 自分に起こった出来事を自然体で話して、あとは自分で考えさせるという部分も、メンバーより経験が豊富なマネージャーとしての大切な役割だと認識しています。

「親切なマネージャー」が成功しないワケ

言いにくいことをズバリと指摘する

――自分で考えるようにうながしても、なかなかいい答えが出てこない相手だと、この方法は苦労しそうに思います。新人やごく若い世代に対してはどうでしょうか?

林 まだ経験が浅い人については、まずは手取り足取り、とくに新人なら箸の上げ下げに近いことくらい言ってもいいと僕は思っています。最初にそういう基本を徹底してから、その後自分で判断できるように勇気づけていく。そうすれば、後々伸びていく気がします。

 ビルも、言いにくいことは胸にしまいこんだりせず、むしろズバリと切り込んで、痛いところを突いてきたとありました。「リーダーシップは親身になりつつ、厳しく挑戦をうながすべきで、高い基準と期待を示し、それに到達できるよう励ましを与えることが大事だ」とも言っています。

 若い人たちに対して、最初から「あなたはあなたらしく」でやっていると、基準が低くなってしまいます。だから、チームや組織が持っている「当たり前」の基準を高くしておくことが重要ですね。ただし、過度な気遣いや根回しなど、忖度をうながし、思考停止にさせてしまうような基準にはならないように気をつけるべきだと思います。

林英治郎(はやし・えいじろう)
合同会社com人事総務本部人事部部長
2008年、株式会社トライアンフにて、様々な企業の新卒採用・中途採用の企画から運用まで携わる。2012年、ソフトバンク株式会社にて、国内の販売職採用、事業部担当人事、グループ会社の人事戦略設計に従事。2017年、DMM.com社長室にて、開発体制変更に伴う人事制度の設計、導入を担当した後、現職に就任。人・組織の力によって事業に貢献するための人事戦略全般をリード。